第五十三話 続き

最初に誰に教えてもらうか、その人に影響される。クルーとして乗り込むなら、オーナー
がどんな乗り方をするかに影響される。初めてのヨットは、初めての乗り方で、そんな
ものとして認識してしまう。セーリングを楽しむ方に教えてもらうと、自分もそうなってくる
ヨットとはそうやって遊ぶものと自然に思う。みんな、そうやって乗っていると思ってしまう

ある方はいつか日本一周ぐらいはしてみたいという方がおられた。載せて頂いて、セール
を上げて、ただ前進している。とりわけセールのトリミングをするわけでも無く、セールが
パタパタしていなければ、それで良かった。後は、話をしながら進むだけだった。あっちへ
行こう、今度はタックしますか?ぼちぼちやって、また、コクピットに座って、ビール飲んで
世間話をする。こういうただ漫然とした走りが退屈だった。これまでは、出れば、へたなり
にシート引いたり出したり、あっちの方が風が出てるとか、上ってもぎりぎり、ちょっと油断
すると途端に裏風が入ったり、そんな風にわざとやっていたので、何もせずに、雑談して
ビール飲んで、帰る。それがとっても魅力的には思えなかった。セールをちょこちょこ扱う
と、レースする人はこうなんだよ、と誰かが他の人に言う。私はレースの人ではありません
クルージングの人なのです。でも、良い風が吹いてきて、快走すると、いいねと言われる。
でも自分でそうしようとはされない。

帰ってきたら、宴会になった。もっとビール飲んで、雑談して、今度、イカでも食いに行こうか
鍋でもしようか?セーリング?良いの。ビールさえ飲んでれば、それ良いの。レースじゃな
いから。まあ、いつかは遠くへも行ってみたいし、できれば日本一周したいね。

また、別な方のヨットにも乗せていただいた。そっち引いて、こっち引いて、今度はジェネカー
を上げよう、舵持ってて、俺やるから。決して速いヨットではなかったが、セーリングを遊んで
おられた。ここにブロック付けて、こっちに引くと、やり易いじゃないかと思うけど、どお?
これある程度ヒールしても、それ以上はぐぐっと持ちこたえる感じで、なかなか良いよ。
夏場はともかく、冬場にはセルフタッキングにしようと思うだけど、俺考えたやり方あって、
こことことにブロックつけて、こうして、ああして、どう?

人それぞれ楽しみ方は違うもんです。

また、ある時は別のヨットに乗せていただいた。それにはクルージング艇だけれども、ケブラ
ーのセールがついていた。前のオーナーが作っていたらしい。レーサーではなかったが。
大きなファーリングジェノアを出した途端に、船体がぐいぐい引っ張られる感じがありありと
感じられた。すごいパワーを感じた。さすがにケブラーは違う。まさしく快走だった。ブロック
の位置を変えたり、バックステーを引いたり、セールと風向風速計とスピード計をにらみ、
スピードが上がったりするのに一喜一憂していた。のぼりの性能の良さにも驚いた。そんな
ヨットも後ろからの風の時には途端に退屈になった。大きなジェノアはなかなか開いてくれ
ないし、それでも何とかセールを押し出す。そこでスピンを展開する事にした。たった二人で
でかいスピンでやれるか心配にもなったが、オーナーが出すと言えば出す。退屈な走りが
途端にエキサイティングに変わった。微妙な舵取り、シートは引いては出し、引いては出し
つぶれる事もしばしば、それでもスピード計はグンと上がる。ジェネカーならもっと楽に出せる
んで、ジェネカーを造りたい。そういう話にもなる。どんなに大きなジェノアでも、ダウンウィンド
になると駄目だね。オーナーはそう言われた。

ウィングキールというものが流行った事があるが、デザインにもよるらしい。ある時乗ったヨット
はそうだった。横流れがひどい。クルージング艇だからとオーナーは気にしている風では無か
ったが、島と半島の間を抜けきれない。おまけにセールも丸く膨らんでいた。セールが丸い
というと、そういうヨットは実に多かった。20年前のオリジナルセールがまだそのまま使われ
ていた。どんなにセーリングしていないと言っても、敗れてはいないが、セールは丸い。
良い風吹いて、良い走りができそうな時も、丸いセールは上らないし、大きくヒールするばかり
シートを出して、風を逃がす。それでも大きくヒールする。これ以上セールを出してもバタバタ
するばかり、それじゃリーフしよう。せっかくの快走チャンスにリーフして、快走の感覚は味わえ
なかった。

前に乗ったオーナーから再び誘いがあった。ジェネカーを造ったららしい。これでまた快走。
話題はいつもセーリングの話。今はクルー不足の時代、小人数でも快走できて、面白いヨット
はどんなヨットだろうか。当然、こんな話題になる。でも、決してレースを目指すわけではなかった
とにかく快走。腰の強いヨットは、クルーが居ないだけに助かる。リーフしなくても良かったり、それ
だけフルセールで走れる。いっその事、ジブは小さくして、メインの大きなヨットで、メインセールを
中心に、風が後ろに回ったら、すぐにジェネカーを展開する。こういう乗り方はどうでしょう。
それなら、ジェネカーは展開しやすい方法を考えるとして、ファーラー式もあるし、いっそのことジブ
はセルフタッキングでも良いんじゃないですか?フラクショナルリグで、舵もったままメインシート
やトラックを操作できて、ジブには少し目をつぶる。シングルならそれでも良いかもしれませんね。

言葉では言い表せないが、本当に快走すると、何とも言えない気分になる。本当はそういうチャンス
がたくさんある。でも、それを求めていなければ、それは味わえない。幸いにもそれを何度も味わって
きた。そうするのがヨットだと思っていた。たいしてうまくも無い自分が、そういう感覚を得られたという
事は、誰でも、その気になりさえすれば得られる。どんなヨットでも、その気になれば得られると思う。
ただ、それを得やすいヨット、そうでは無いヨットもある事は事実だ。最初からコンセプトが違う。ヨット
には、住み込むのに適したヨット、レースに適したヨット、外洋に適したヨットがある。それに、快走セー
リングに適したスポーツ的クルージングヨットがある。あれも、これもでは全てが中途半端で、その
ヨットには最も適した使い方があり、それを中心に据えるなら、そのコンセプトにあった最高のエッセン
スが得られる。キャンピングカーで買い物には行きにくいし、オフロードもやりづらい。スポーツ的走り
も望めない。ましてや、気軽にドライブもしづらい。でも、住みこむには最も快適だ。私は住み込もうとは
思わない。周りを見ても、誰もヨットに泊まっていない。遠くに行くにもそんな時間は無いし、それに
大時化で走るのは嫌だし、ましてエンジンで走るの時期に退屈して、飲むか食うことか会話しか興味
が無くなる。それなら、ヨットでなくても良い。どこかに飯を食いに行こうとも思わない。それより、快走
セーリングの後で、コーヒー飲んで、エキサイトな話の方が良い。新しい事を教えてもらうと、それだけ
で楽しくなった。知識が増えてくるのが嬉しかった。

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