第三十九話 孤独の薦め


      

独りでセーリングに出て、何も考えずに、広い海という空間に漂う。たまには、そういう時を持つのも悪く無い。2〜3時間、何も考えずに、波の音を聴き、風を感じ、彷徨う。それは、エキサイティングなセーリングと比べても、何ら劣る事では無いのかもしれない。そんな気がします。

独りと言っても、風呂やトイレで用を成すとは大違い。それは、ただドアを閉めて、空間を遮断しているに過ぎない。いつ、何時、誰かがドアをノックするかもしれない。”コンコン、入ってま〜す。” しかし、海には、果てしなく広がる空間がある。完全な孤独なのです。誰もノックしない。

いつもなら、セーリングを求めて、知的セーリングを堪能するが、時には、何もしないセーリングを味わう。セーリングはしているが、セーリングの事を考えるわけじゃ無い。考える事は、エネルギーを消費するが、考えないとエネルギーをチャージできる。完全に何も考えないというのは、なかなか出来る事ではありませんが、できるだけ考えないで、感覚だけになれれば。まして海という自然の中、最高の環境です。

そんな孤独な時間とは、最高の贅沢なのかもしれません。常に効率を求める現代社会で、何もしない程、贅沢な事は無いのかもしれない。そんな時間を持てる人が、どれだけ居るだろうか? いつも誰かと一緒、家でも仕事場でも。だから、最高の癒しは、孤独になって、何もしない事に浸る事かもしれません。それって、案外、最近の流行りの瞑想に通じるものがあるかもしれません。

パシャパシャと波の音がして、顔に当たる風を感じて、滑る様に走るセーリング。何も特別な事を考える事も無い。それは穏やかな海に限るかもしれないが、せっかく自然が提供してくれる様々な環境のひとつ、そこに溶け込む様なセーリングを味わえたら最高ではなかろうか?こういうセーリングには、独りが一番だと思います。

考えてみれば、風は微風から強風まで、無段階にあるわけですから、それぞれに合ったセーリングもあるはずです。ジェネカーを展開するセーリングから、リーフするセーリングまであって、穏やかだったり、スリルがあったり、みんなで楽しむセーリングから、完全孤独のセーリングもある。全部ひとまとめにして、セーリングと一言で済ませるのは勿体無い。それぞれのセーリングを、それぞれの気分で味わえればと思います。そういう心構えで行きますと、今日の風に相応しいセーリングは何か?と、新しいセーリングの発見もあるかもしれない。

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