第八十三話 グッドフィーリング

ヨットの使用目的にはいろいろあるんでしょうが、大きく分けると、レースか旅、そしてセーリングそのものを楽しむデイセーリングの三つで、欧米の様な別荘的用途は日本には殆ど無いと思われます。そのいずれの用途を実行するも、求めるはグッドフィーリングだと思います。ただ、その内様はそれぞれで異なるフィーリングを目指す事になります。

レースは競合相手があって、その競争そのものの中にグッドフィーリングを見出すと思いますし、旅であれば、行く先々のいろんな事柄においてグッドフィーリングを味わう。そして、デイセーリングであれば、セーリングを如何にと問う事で、グッドフィーリングが得られる。

セーリングの目的はこれです。最高のグッドフィーリングは、スピードも出て快走している時、そして、神経も集中していて、少し良い意味での緊張感を持っている時ではないかと思います。バランスも良く、舵を持つ手にも、体全体でも、グッドフィーリングを感じます。

しかし、最高のフィーリングは、何度も乗って、その中で条件が最高に整う時かもしれません。しびれる程のグッドフィーリングが、たまにあります。しかし、これだけがセーリングではありません。程度はあれ、セーリングからはいろいろなグッドフィーリングを見出す事ができる。そして、最高のフィーリングを得る為にも、普段から、随所にグッドフィーリングを味わう事が必要だろうと思います。

グッドフィーリングもレベルがあって、少しとか、強烈にとか、いろんなフィーリングがあります。最高のグッドフィーリングは狙って得られるというよりは、普段の小さなグッドフィーリングを求める行為の中で、ある日、突然あらわれるものかと思います。小さくてもグッドフィーリングを心がけている事が最高のグッドフィーリングをもたらしてくれると思います。

デイセーリングはわずか2〜3時間で成立するものです。この程度の時間だからこそ、セーリングに集中する事ができます。何気ない動作のひとつひとつに、ちゃんと意識を注いで、こうする、ああする行為を意識的に行います。舵を取る、シートを引く、放つ、バックステーを引く等々のひとつひとつの行為を意識して行う。それで、小さなベターがひとつづつ積み重なっていきます。そして、これらは、慣れてしまえば、自然にできるようになります。そういう普段の意識が、ある日、突然、環境が整って最高のフィーリングを生み出す。

楽器なんか演る人は、一音一音をきれいな音を出せるように練習するんだろうと思います。音楽はただ、弾けば良いわけじゃない。その一音一音をきれいに出せるようになって、それを次から次へと繰り出せるようになっていく。それでもって、美しい音楽を創る事ができるようになるかと思います。

楽器とは違って、ヨットの場合は、偶然に快走を感じる時がありますが、それでも、普段意識したセーリングをしている人は、もっと、しびれる様なセーリングを味わえる。何故なら、それまでのプロセスが全然違うから。感知能力も観察力もみんな違います。

昔ですが、ダブルハンドで散々デイセーリングばかりをやっていた頃があり、一回のセーリングは2〜3時間程度で、セーリングに集中していました。舵の切り方や操作のタイミングや、いろんな事を考え、実際の走りを観察しながら、頻繁に出していました。そして、最初にしびれるような感覚を得たのは、何も、ハイスピードだったわけではありませんでした。そこそこの風だったとは思いますが、決して速いわけでは無かった。でも、その時は、セーリングが実に滑らかで、それこそ滑るように走っていた。その感じは、今でも覚えています。この時は思わず互いに顔を見合わせた。もちろん、互いに何も会話を交わす事も無かった。

多分、我々の感覚は乗る度に、知らない間に、鋭敏になっていったのだろうと思います。その後、ふとしたドジを踏み、キールの底を当ててしまった事があります。その時はすぐにマリーナに帰って点検しましたが、キールボルト等、特に何も問題は無かった。それで次回、セーリングしている時、微妙な振動を感じたので、戻ってすぐに上架した処、キールの下部にわずかな傷が見られ、鉛だったので、すぐにサンディングして形を整え、下ろして走った処、今度はその振動も感じられなかった。自分で言うのも何ですが、たったあれだけの傷で良く気がついたねと関心されたものです。

つまり、これは、いつも考えて乗って、意識的に操作して、当然意識はセーリングにあった。わずか2〜3時間のセーリングでしたから、それができた。寛ぐのは、マリーナに戻ってから、ビール飲んで、コーヒー飲んで、雑談したり、今日のセーリングがどうこうとか、今度はこうしよう、ああしよう、互いの疑問点を話したり。でも、こういう事の積み重ねが、我々の感知能力を知らず知らずのうちに、高めてくれたのだろうと思います。だからこそ、いろんな箇所でより多くを感じ、よりグッドフィーリングが得られたのだろうと思います。風や波の環境もあるでしょうが、それだけでは無く、乗り手の意識の問題もある。

グッドフィーリングを得る事はセーリングしていて最高の喜びです。その為に、普段から意識的なセーリングを心がけて、小さなグッドフィーリングを積み重ねる事が重要になるのではないかと思います。慣れるとこれが普通になります。面倒くさいとか感じる事も無いし、特別に集中力を発揮する事も無く、自然にやれる。感知能力が高まると、いろんな事に気付く事が多くなります。それは面白さの源泉でしょう。

だから、多くの方々に少しでもグッドフィーリングを味わって頂きたいと思います。何気ないセーリングでも、それでも、乗らないよりはましで、意識せずとも風や自分のヨットや波に慣れていきます。馴染んだ感じを得られます。だから、おおいにピクニックセーリングも楽しんで頂きたいと思います。しかし、これに、意識的操作を増やしていきますと、自分の馴染み感が深くなっていくと思います。そこに、自分で考える事が増えてきて、頭は使うは心は使うはで、相乗効果が出てきて、より面白さが深まっていく。操作する事が面白さになっていくと思います。こうなると、小さなグッドフィーリングはあっちこっちに現れ、そのうちグレートなフィーリングにも出会えるようになると思います。

これは何も難しい事を提唱しているわけでは無く、誰でも、意識的セーリングを続ければ、そうなっていく。そうならざるを得ない。グッドフィーリングへの意識的アプローチだと思います。だから、小さな事からそういう意識でやれば良いのではないかと思います。

舵操作で、できるだけ真っ直ぐ走る事を心がける。タックするも、シートの入れ替えと舵操作のタイミングを考える、ブローに入る時はどう凌ぐか、シート出すもどの程度出したら良いか、最初は解らないので試行錯誤です。でも、そんなひとつひとつの積み重ねが、後々、大きな成果をもたらすと思います。まずは、意識的操作を続けて、小さなグッドフィーリングを積み重ねて頂きたいと思います。そうすると、何もレースで無くても、セーリングを楽しめると思います。しかも、深く。

他のレースにしても、クルージングにしても、積極的に行動する事で、相応のグッドフィーリングがあると思います。アクションを起こして、そのリアクションを楽しむ。用途はいろいろですが、この点で言えば同じだと思います。アクション無くして、リアクションは無いし、そのアクションも内様によってリアクションも違って来ると思います。

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