第八十七話 造船所の意図

造船所の意図の第一は売る事でしょう。それは時に、ヨットがどうあるべきかとは違う方向になる事もあると思います。どうあるべきかは、考え方によっても異なりますし。また、クレームにならないようにという意図もあるでしょうし、自分達が考える良いヨットを造りたいというのもあると思います。

ただ、世の中には様々な価値観を持つ方々で溢れていますから、全てを網羅する事はできません。それで、量産艇なら、最大公約数を狙うでしょうし、少量生産なら、ある特定の価値観を持つ方々を想定すると思います。しかし、いずれにしても、売れなければどうにもなりません。安くして売る方法、質を上げて売る方法、どこを強調するかが造船所の選択になります。そして、我々がそれを選択する事になります。

さらに、様々な価値観は、そこにずっと留まっているわけでは無く、常に変化していますから、そこが難しい。どんなに良いヨットを造ろうとも、売れなくてはどうにもなりません。だからと言って、売れるヨットが必ずしも良いヨットとは言えません。それは何故売れたのか、売れないのか?

これは私共業者にとっても同じで、どのヨットの代理店になろうか? それによっては、売れたり、売れなかったり。市場は欧米と日本でも違いますし。また、売り方によっても売れたり、売れなかったり。市場は常に変化し、これは誰も的確に解る事は無い。まあ、一種の勘のようなもの。或いは、自分の好みという事もあります。

ただ、時代の流れを客観的に見る事ができれば、ある程度は解るかもしれません。必ず変化は続くわけですから、何かが浸透し、一杯になってきたら、その方向が変わる。ある時点で止まる事はありません。もし、止まったら、それからは衰退という方向に変わるかもしれません。

クルージング艇がキャビン拡大競争を続けてきました。それももう限界に近いのではないかと思います。それで、今度は、マリーナからの出し入れがもっと簡単にならないか?それがテーマになりつつあります。キャビンがでかくなって、出し入れはもっと難しくなったわけですから、当然の流かもしれません。これからは、きっと小さなヨットであってもバウスラスターを設置するヨットが増えるのではないか?そんな気がします。それに、電動ウィンチ、メインファーラーも同様かと思います。
つまり、マリーナから出航する時から帰ってくるまで、いかに楽に、簡単に操船できるか?これからしばらくは、船体のデザインはあれこれ変わるにしても、大差は無く、装備関係に変化がみられるようになるのではないかと思います。

もうひとつ、造船所では、キャビンの広さをさらに拡大する方向から、キャビンとコクピットの一体化、それは、リビングルームとベランダ的な雰囲気、そういうアットホームさを強調していくような気がします。コクピットから何段階のステップを踏んでキャビンに入るのでは無く、段差をできるだけ無くす方向です。そして、入口を広くとって、人の流れをスムースにして、一体化を図る。すると、航行中でも、キャビンに居る事の違和感は薄れるかもしれません。それに、操作している人達との一体感もあります。パワーボート的な感じですね。キャビンに居ても、窓が大きく、外が良く見える。カタマランは既にそういうタイプです。これもカタマランが増える理由のひとつかもしれません。それをモノハルでやろうとする。

キャビンの中に居ても、窓が大きく、明るくてというのであれば、走行中でもキャビンに居ても違和感が無いと感じるのかもしれません。パワーボートがそうであるように。

一方、クルージング以外のセーリングの方向は、より重心を低くして、セーリング性能を高め、それでも簡単操作。究極的には、シングルハンドを可能にする。いろんな装備を駆使してでも。どちらもイージーハンドリングですが、進む方向は異なります。それがもっと広がるのではないかと思います。そして、その両方を兼ね備えるとしたら、もっとでかいヨットとなります。その究極はスーパーヨットの世界。

ある一つが強調されると、必ず何かが犠牲になる。その犠牲になったものは何か?それは自分にとって重要か、重要ではないか。デイセーラーがキャビンを犠牲にして、セーリングを強調しましたが、これは明らかに見えるものです。しかし、見えないところで、犠牲になるものもあるかもしれない。そこはじっくり観察する必要がありますね。キャビンがでっかくなったらどうなるか?メインファーラーになったらどうなるか?電動ウィンチやバウスラスターを設置したらどうなるか?良い所は強調されますが、マイナスは隠されます。それを見る必要性がありますね。それが受け入れられるものであるなら、問題は無いわけですね。

これからは、ますますクルージング艇とセーリング艇の方向性の違いが顕著になるのではないかと思います。これは、ますます面白くなると思います。クルージングはより楽に、快適に旅を楽しめるようになるでしょうし、セーリングは、より速く、でも楽に、しかもシングルハンドでセーリングを楽しめるようになるのではないかと思います。デイセーラーは既にそうなっていますが。ますます性能アップです。留まる事はありません。

という事は、我々使う側が、どういう遊び方を求めるのかに寄ります。もはや、ヨットの操船は難しいとか、そういう敷居はどんどん低くなってきています。ヨットの事を知らなくても、ヨットでスポーツ的セーリング感覚を優先するか、船旅の快適さを優先するか、これぐらいは想像できるのではないか?操船はその先で、技術は後からついてくる。しかも、その技術は多くを艤装品がサポートしてくれる。ですから、艤装品もどんどん進化していきます。自分の求める物さえ明確なら、選択はかなり容易になっていきますね。しかも、操船も楽、ヨットはどんどん面白くなります。

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