第91話 ある事実

フィッシングマシンとか、世界最高とか言われるフィッシングボートがあります。日本でもカジキ釣り
をする人は知らない人はいないぐらい有名です。でも、このボートのデザイナーと会う機会があり、話
をした事があります。彼曰く、あのデザインは私になっている。確かにその通りなのだが、私がオリ
ジナルとしてデザインした物とは違う。私のデザインはもっとソフトなエントリーだし、時化にも強い。
非公式であり、あくまでプライベートな話なのですが、そのように主張されていました。

造船所はデザインを勝手に変更してしまう。何故、このような事が起きるのかは、許されているのか
は知るよしも無いのですが、厳然たる事実です。船底のデッドライズを少し小さくして、バウ側のフレ
アーマイナス曲線をなだらかにして、少しでもキャビンスペースを確保しようとする。フラットなスターン
形状は追い波にお尻を左右に振られ、気持ちが悪い。船底がフラットになればエンジンパワーを小さく
できるのでコスト削減にもなる。

確かに、良いボートなのかもしれませんが、デザイナーのオリジナルはさらに良いのです。目指した物
が違うのです。商業ベースですから仕方が無いのかもしれませんが、実際乗り比べると実に違いが解
ります。フィッシングボートを釣り以外にも優雅なクルージングボートとして使うならば、この方が良いの
かもしれません。でも、本気でスポーツフィッシングをしたいなら、そして遠くへでも出かけて行く気があ
るのなら、そういうボートを選択した方が安心です。遠くへ行けば時化る事もある。そういう時に充分走
れるボートかそうでないかは天国と地獄ぐらいの差がある。

フィッシングボートのメッカであるアメリカではこの事は解っている。最高のフィッシングボートは量産艇
では得られない。アメリカにライボビッチという造船所があります。ウッドによるスポーツフィッシャーマン
を建造する造船所ですが、ある世界的に有名な会社の社長がここで最高のフィッシャーマンを建造した
かった。それで問い合わせてみると納期5年という返事、少量生産のうえに、先に発注したオーナーが
待っていた。順番待ちです。それでこの社長、この造船所を買収して、自分のボートを真っ先に建造させ
た。怒った他ののオーナー達のキャンセルが続出、結局、あきらめて再び造船所を売却したそうです。
こうまでして最高のフィッシャーマンを造りたかった我侭さはすごいですね。

木造艇ならば完全なカスタムとして建造できる。つまり、自分のほしいサイズをデザイナーにデザインして
もらい、造船所を選んで、そこで造ってもらう。通常のFRP艇より骨組みがあるのでキャビンは狭くなるし
価格も高くなる。でも、ウッドのボートは最高とされています。それで次善の策としては、既に理想的な
ボートのモールドを持った造船所があります。サイズさえ納得できるならば、FRPで建造できて、尚且つ
セミカスタムとして、あとは自由に造れる。木造艇よりはるかに安いがプロダクション艇よりは高い。でも
最高の走りは間違いの無く素晴らしい。

ここまで踏み込んでボートを造る方は日本に何人おられるか、疑問です。商業ベースには乗らない。でも、
良いんです。彼らはただ誰よりも素晴らしいフィッシャーマンを造る事が生きがいなのですから。

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