第92話 安定と不安定

人間というものは、どうもやっかいな生き物で、不安定だと安定を求め、安定していると刺激を求める。
刺激というのは不安定なものです。物質的に安定しているとかそういうものでは無く、心が安定して
いるか、不安定なのか。心が不安定だと、それではどの問題が解決すれば不安定さから抜け出し、安
定するのか、その解決に向かう。ヨットなどに乗ってる余裕は無くなります。でも、人によっては、やれる
事はやった、後はどうしようも無いというところまで来ると開き直れる。これは心は安定へと向かう。だか
らまた、ヨットに乗れる。つまり、ヨットに乗るには心が安定していないとできない事ではないかと思うの
です。経済的に余裕がある事も必要でしょうが、それ以上に心に余裕が無いとヨットはやれない。うさば
らしにヨットに乗るなんて事は無いように思えます。ヨットは安定した時の刺激なのかもしれませんね。

海は不安定なものです。大地の上に居る事に比べれば、ゆらゆら揺れて不安定極まりない。海は相当
不安定な刺激であります。その海に出ようとする人は相当安定した心を持っているのではないでしょうか。
もちろん心は常に波がありますが、その平均はやはり安定した中にある。いらいらしている時にストレス
解消の為にセーリングするという事はあまり無いような気がするのです。それより安定した、晴れやかな
気持ちの時などにはセーリングしたくなる。

逆も真なりという言葉がありますが、それではセーリングして刺激を受けて、目一杯不安定さを経験する事
によって、陸上に戻った時に安定さを感じる事というのは無いでしょうか。陸上生活での不安定さを解消する
為では無く、やれる事はやったという時にセーリングする事によって安定さを得る事もあり得るのではないか
という気がするのですが。ストレス解消では無く、不安定を求めて安定を得る。そういう事です。

海は不安定ですから、セーリングするにはより安定を求める。不安定は危険ですから安全な物を求めること
に努力します。安定だけが目的なら海など出ない方が安全です。でも、人間は安定の中に不安を求め、不安
の中に安定を求める。これをどんどん積み上げていくわけです。海とヨットが完全に安定した安全なものなら
恐らく何の魅力も無いのかもしれません。海は常に不安定ですから、ヨットにどこまで安定を求めるか、この
絶妙なバランスが最高のフィーリングを与えてくれる。

キャビンが広くて居住性が良いなんていう要素はヨットの持つ不安定さの中に求める安定性ではないでしょうか。
海が不安定なのだから安定を求めるのは解りますが、ヨットが安定すればするほど魅力は失われていくのでは
ないかと思うのです。完全はありえませんが、より安定したヨットは、今度はより不安定な海がないと飽きてくる。
どの程度不安定かはオーナーによります。頑丈で、重たくて、大時化でも走れるヨットは凪の状態では物足りなく
なる。それに合わせて外界に刺激がほしくなる。どこかに行くのも不安定を求めている。でも、いつも行ってる所
なら安定と変わる。そして安定してしまうと飽きてくる。

陸上が安定な時は不安定を求めて海に出る。陸上が不安定な時は安定を求めて海に出るのではなく、不安定を
経験して陸上の不安定を和らげる。その時々の状態に合わせてバランスを取れば良い。海は不安定さを経験する
為にある。どの程度の不安定がいいか、近場の不安定なら小型艇か或いはセーリング性能の高いヨット、外洋の
不安定なら海がより不安定なので、ヨットにもっと安定を求める。とにかく、心は動く事を望んでいる。ヨットは実に
恰好の道具ではないかと思うのです。この安定/不安定を意識的にコントロールできるのですから。ヨットを安定
と不安定という見方をしてみたらどうでしょう。

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