第七十六話 至福の時

誰でも、何かのひょうしに良い気分になる事があります。過去の良い思い出に浸る時?或いは、明るい未来を想像した時?ほしかった物が手に入った時?好きな事をしている時?良い気分はいろんな場面にあるわけですが、その中でも最高の気分というのは、過去や未来にあるのでは無く、今この瞬間に味わうグッドフィーリングなのではないかと思います。

仕事を終えて、疲れて、寛ぎながらゆっくりと晩酌でもしている時、良い気分になれる。その日の仕事で良い仕事ができたならなおさらです。それを過去の思い出や未来に想像しても、多少は良い気分になれるかもしれませんが、最高なのは、今それをしている瞬間、どんな想像もそれに勝るものでは無いと思います。未来を想像し、夢を語って良い気分にもなれる。しかし、それとて、今味わっている瞬間の良い気分には敵わない。

至福は常に今この瞬間にしか起こらない。という事は、自分が今この瞬間に居なければ、それを味わう事はできなくなる。いつも過去や未来ばかりを見ていると、せっかくの至福の時に気付かないかもしれません。そんな事を思わせてくれるのがセーリングであります。

セーリングは今この瞬間の味わいのゲーム。今味わった加速感、今味わったスタビリティー、今味わったスピード、今味わったスリル、常に今を味わい、たった数秒前に味わった感覚は次々に過ぎ去る。この今の瞬間の味わい以上のものは無い。それゃあ、宝くじで一等でも当たれば嬉しいに違いない。しかし、それが今の瞬間にならない限り、本当に過去の体験であっても、今この瞬間の至福感に勝るものでは無い。感覚の度合いとして。

セーリングをしていますと、そんな事が良く分かる。昨日の快走感はまだ余韻として残っていたとしても、今味わってるちょっとした加速感の方がリアリティーがある。セーリングは過去の経験から、積み上げていくものですが、フィーリングは今この瞬間にしか無い。そして、我々の究極的な目的は、このフィーリングにある。

そういう意味では、我々はもっと今この瞬間を重視しなければならないような気がします。それがセーリングしている時は、簡単に今という瞬間に居る事ができる。過去を忘れ、未来も考えてい無い。今晩の飯は何かなんて考える人は居無い。未来にどんな計画があったとしても、セーリング中には考えない。そんな時、そこに入り込んで来る物は何も無い。だからこそ、今この瞬間のフィーリングを十分に感じる事ができるし、どんな瞬間も見逃す事は無い。よって、最高のフィーリングを味わう準備がいつでも出来ている。それがセーリングの最高の面白さ、最高の一瞬、至福の時であります。ふっと風が上がって、それに応じてヨットが加速した瞬間、おおっと思う。その瞬間のフィーリングは何とも言えません。

セーリングは今この瞬間を味わうゲーム。だからこそ最高のフィーリングを味わう事ができる。セーリングには頭脳も必要ですが、頭脳ゲームとして味わう面白さは、この感覚とは少し違う。頭脳ゲームも面白いし、感覚ゲームは至福感がある。セーリングにはその両方を楽しむ事ができる。だから、セーリングは面白い。だから、セーリングを軸にヨットライフを考えると、それを味わう事ができる。そして、それを最も容易に実現できるのがデイセーラーという事になる。ですから、私はデイセーラーが大好きなのです。

そうなりますと、他の事はたいして重要では無くなる。キャビンも冷蔵庫も温水も重要では無くなる。それより、加速感、安定性、レスポンス等々のフィーリングの方が重要になる。もちろん、クルージングにも至福感はある。どっちを好むかの違いかもしれません。どっちにしても、好きな方法で、
今この瞬間の至福感を得る事が大事。そこにヨットをやる意味がある。

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