第六十三話 ジャンル

音楽にはクラシックやジャズ、それに演歌やポップス、それこそたくさんのジャンルがあります。同じ12音の組み合わせにも関わらず、全く違った感じがします。そして、さらに、ひとつのジャンルの中身を覗きますと、その中においても一曲一曲感じは違います。

楽譜に書いたら、詳しい人以外はどんな違いがあるのか良く解らないのですが、一見、みんな同じようで、実際の演奏を聴きますと全く違う事がわかります。同じ曲でもアレンジの仕方によっては、また違う。そして、そこに好き嫌いが出てきます。音楽は耳で聴いて、感じます。その耳はいろんな音を聞き分ける能力があり、同じ高さの音でも音色の違いも解る。鋭いもんです。

ヨットについて考えますと、クルージング、レースなどというジャンルはクラシック、ジャズとか言ってるの同じでしょう。同じヨットなのですが、感じが全く違います。その中にある一艇、一艇が各曲にあたる。同じジャンルでも、その各艇、それぞれ感じが違います。音楽とヨットの違いは、音楽は耳で聴く、ヨットは体で感じる。耳の方が敏感で、最初から細かい違いまで解ります。従って、ある曲を聴いて、気に入ったとしても、何度も聴きますと、また違う曲も聴きたくなります。でも、ヨットの場合、体は耳ほど鋭く無いのでしょう。一回セーリングしたぐらいじゃ、少ししか解らない。何度も、何度も乗る事によって、それでも徐々にしか解らない。だから良いのかもしれません。ヨットを曲を聴くようにすぐに解ったら、毎月のように買い換えたくなりますね、また違うヨットの感じを味わいたくなります。しかし、幸か不幸か、体の感じは耳に比べたら鈍いので、飽きが来ない。でも、肝心な事は感じようとする事かと思います。どう動かしているかよりも、どう感じているかが重要かもしれません。

曲は耳で聞いて、感じます。ヨットは体を動かして、やっぱり感じなければなりません。どっちも、感じ、どんな感じ、それをしないとただ動かすだけになり、曲を上の空で聴いてるのと同じになると思います。気に入る曲の感じがあるように、気に入るセーリングの感じもある。曲は1回聴けば解るが、ヨットは1回乗ったぐらいじゃ解らない。気に入った感じを求めて、でも、何回も簡単に買い換えられないので、まずはジャンルを選び、その中からまた慎重に一艇を選ぶ。

曲は見る事ができませんが、ジャンルと演奏者や歌手の好みから推察できる。ヨットはジャンル分けして、後は勘になるかもしれません。でも、理屈で選ばず、勘に頼った方が、正解が多いような気がします。

音楽は速いテンポ、遅いテンポと自由に聴く事ができますが、ヨットはそうはいきません。そこは自然任せという事になります。快走を味わおうと思って出たものの、風が無い。そういう時は音楽のようにCDを入れ替えるわけにもいきません。こっちから合わせねばならない。仕方無いと諦めなければならない。でも、まあそういう謙虚さを学ぶとしか考えようが無いので、逆に、良い具合の風がある時はずっと有難いわけです。そうやって、自由にならない部分も含めて、ヨットは同じヨットに、何年も何年も、乗り続ける事ができるようになっている。自分さえその気なら、ひとつのヨットから、いろんな感じを味わえる事も有難い。

曲はリズムやメロディーが決まりますが、ヨットは一艇の中に、音楽の一曲ほどには固定されていません。自然の状況によって、速くも遅くもなります。多くのバリエーションをひとつの艇の中に持っています。状況によって様相が変化します。それが飽きない理由かもしれません。しかし、その一艇にはその艇特有のフィーリングを持っています。ジャズやクラシックとしての特有のフィーリングと同じように、ジャンルとしてのフィーリングを持ち、また、その艇だけの個性を持っています。その個性を感じ取り、いろんな状況でその感じを楽しんでいきます。さらに、自分の個性もその中に加えていく事ができます。つまり、音楽で言うなら、聴き手では無く、演奏者の方になりますね。演奏の仕方によっては、また感じも異なる。演奏しながら、聴き手でもあります。ジャズの即興演奏にも似ています。

こうなってきますと、ヨットは曲では無く、楽器と同じという事になります。ただ違うのは楽器はジャンルを問わないが、ヨットはジャンルに留まるという事です。どんな楽器を使って、どんな演奏をするか、どんなヨットを使って、どんなセーリングをするか?そう考えますと、いろいろ試して、練習して、いろんなセーリングができると面白いに違い無いと思います。波と風は伴奏者、音楽と違って、こっちが伴奏に合わせねばなりません。しかし、それがいろんなバリエーションを与えてくれます。そして、ぴったり合えば、気持ち良いに決まってます。良いヨットと良い腕の持ち主なら、いろんな伴奏に合わせやすい。それが個々の違いですが、さらに、そのフィーリングは異なります。いろんなフィーリングを味わう為のヨット、そういう乗り方をお奨め致します。

ヨットは楽器、我々は演奏者。プレーヤーです。うまくなるに従って、いろんな曲も弾けるようになります。シンプルな曲から難しい曲まで。波や風とのハーモニーも感じる事ができる。ヨットの選択は楽器の選択、どんなジャンルを弾きたいかはどんな乗り方をしたいかになります。セーリングはジャズに似ています。楽器演奏に通じ、その時に合わせて即興的に操作します。そして、そのリズムとメロディーとハーモニーを感じ取る。そう考えると、実に面白い。速いテンポがあり、遅いテンポがあります。音楽にも緊張と緩和があります。1回の帆走を1曲と考えると、どうなんでしょう?

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