第七十二話 濃縮していくヨット

最近の海外造船所から出てくる新しいモデルを見ますと、レースとクルージングというジャンルがますます明確になっていっているような気がします。クルージング艇はデザインのカッコ良さもありますが、加えて、装備の充実、キャビンの拡大、その反面、バラスト比とセールエリアの縮小、そして大きなサイズが多くなってきた。そして、オプションかもしれませんが、メインファーラーや電動ウィンチの設定が準備されている。

クルージングに行くなら、大きい方が楽だし、その大きいヨットもかつて程のクルーの人数を確保する必要も無く、パワーアシストによってショートハンドでも操作は楽にできる。そういう背景がありそうです。彼らは年に1回は長期のバケーションがあり、年に1回しかロングに行かないかもしれませんが、それでも充分なのでしょう。長期のバケーションがあると、その期間にどうすると考えますと、こういう流れが来るのは当然かもしれません。セーリング性能がどうこうよりも、長期間のバケーションをいかに過ごすかが、重要かと思います。

一方、レース志向も多く、この度ニュージーランドで進水した98フィートヨット、造船所は有名なクックソンですが、40ノットも可能と言われる。その他、レース志向のヨットも次々にデビューしています。元々あったこの二つは濃縮され、もっと快適なクルージングともっと速いレーサーという具合です。

日本でもレースは一部において盛んではありますが、地方なんかですと数も少なく、なかなか難しい面もあります。それで多くはクルージング志向になるわけですが、だからと言って、彼らのように長期のバケーションを毎年取るという習慣は無く、こういう時間のかかる長期の遊びは、日本の習慣にはなかなか馴染まない。それで、どうしても、ロング(距離的ロングと時間的ロング)は少なく、ショートになる。また、行った先で、大きなヨットを停められる場所も少ない為、あまり大きいのも困る事になる。そういう意味では30フィートから40フィート前後ぐらいが最も使いやすいサイズになるのかもしれません。

クルージング艇が濃縮されて、もっと楽にという流れがありますが、メインファーラーと電動ウィンチの採用、エンジンのパワーアップ、ロングでは無く、ショートという事を考えますと、一部の方々にはそういうパワーボートの方が手っ取り速い。短い時間でもっと遠くへも行ける。そういう事も考えられる。

これからのクルージング艇は、セーリングがどうこうとか、スタビリティーがどうこうなどもセーリングに関わるわけですから、そういう事も少なくなり、もっと快適装備で、簡単操作で、カッコ良いスタイル。エアコンなんかも当たり前になるでしょう。つまり、ロングと言っても沿岸クルージングであり、そういう場合のクルージングにはもっと快適でなければならない。

一方、外洋のロングはまた別の考え方を採用します。燃料は補給できないし、エアコンなんか使っていたら燃料が減る。エンジンは使わないし、セーリングする。セーリングすればスタビリティーも重要だし、セーリング性能も必要になる。頑丈さも必要だし、便利、快適は電気や水、燃料との関係を考えなければならない。こういうふたつのクルージング艇はそのジャンルにおいてもっと濃縮されていくだろうと思います。そしてそのジャンルにおいて使う限りはとっても良い。

問題はクルージング艇なのに、セーリング性能を求める場合です。日常はセーリングを楽しみたいと思う場合です。セーリング性能を求めれば、クルージング性能が削がれる。この相反する要素をできるだけ両立するにはサイズを大きくする事しか無いかもしれません。キャビンが狭いと言っても、サイズが大きくなれば広くなる。セーリングするならスタビリティーがほしい。でも、バラストを重くすれば、全体が重くなりすぎる。他にもいろんな要素が相反する。

そういう意味では、セーリングを重視するヨットでは、これらクルージング艇のセーリングとは全く異なるのは当たり前の事です。速いのはレーサーというのが常識でしたが、今では楽にセーリングを楽しめるヨットも出てきたというのは、このクルージング艇とレーサーが濃縮されて、離れて行った。その間を埋めているのかもしれません。言わずと知れたデイセーラーの事です。今日のデイセーラーはサイズが小さいどころか、大きな物まで出てきた。しかし、相変わらず、キャビンは低く、ギャレーなどもたいそうには造らない。重心は低く、セーリングを楽しむ為にセールエリアは大きく、スタビリティーは高く。それにサイズを考えますと、ショートの旅にも充分に使える事が解ります。

という事で、今日選択肢としては、沿岸のロングを含めたクルージング艇、外洋艇、沿岸のショートを含めたデイセーラー、そしてレーサー。それぞれを、それぞれのジャンルにおいて使う限り、その能力はどんどん高くなっている。故に、その能力が高ければ高い程、他のジャンルにおいて使うとすると使いづらくなるのかもしれません。

クルージング艇は帆走性能を制限され、デイセーラーは荷物を他の艇のようにたくさん積み込むようにはなっていないし、キャビンも狭い。比較の問題ですが。それで、重要な事はオーナー側にあります。できるだけ具体的に、ヨットで何をしようとするか、ヨットの持ついろんな要素のどこを最も味わいたいか、こんないろんなヨットが無い時代はどれでも良かった。しかし、今や濃縮されてきていますから、その選択によって大きく違う。その差はどんどん大きくなってきています。

日本で最も合うのは?と考えますと、多くの方々がクルージングと言っても時間の制約を受けますから、ショートの場合が多く、そういう意味では、もしセーリングを遊ぶというのがあるなら、デイセーラーがやっぱりお奨めではありますね。それに今では50フィートオーバーのデイセーラーもある時代です。沿岸のロングだって可能です。そうしますと、日常にセーリングを味わい、たまにクルージングに出る。そういう使い方には良いと思います。シングルOK,ショートハンドOK,セーリング性能もOK,大きくすればキャビンだってその分広くなる。クルージング艇には適いませんが。それにイージーハンドリングもOKです。

それぞれのヨットがそのジャンルにおいて濃縮されていくのは当然の事で、もっともっとと造る側は考え、そこをアピールする事によって販売に繋がる。その反面、濃縮する事によって、ジャンル外のところからは離れていく事は仕方が無い。そして、離れれば離れるほど、その差を埋めようとする新しいジャンルが出てくる。その新しいジャンルも、何を目指すかのコンセプトがあるので、そこがまた濃縮されていく。

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