第六話 職人技

職人は繰り返しの技術の積み重ねによって、感覚が研ぎ澄まされます。何度もする事によって、最初は大きな違いしか解らなかったのが、徐々にほんの僅かな違いでも感じ取れるようになるそうです。場合によっては精密機械やそれ以上の感覚を得る事もできるそうです。

繰り返しセーリングをし続けていきますと、それが体に染み付いて、最初はこうとかああとか考えていたのが、そんな意識を持たずとも、自動的に体が動いて、操船ができるようになります。我々は小さな頃からずっと歩き続けてきましたから、歩く事を考える必要はないし、自転車だって、自動車だって、体が自然に動いてくれます。

こうなってきますと、感覚の方も変わります。最初は大きな変化しか気づきません。でも、やがて、小さな変化にも気付くようになり、もっと身につくと、繊細な変化も解るようになる。しかも、自然に。

上手くなるという事は操船が身に染み付く事を意味し、感覚的には繊細さが解る事。上手な人が何故上手かと言いますと、変化が解るからですね。ヨットの動きの変化、セールの形の微妙な変化、そういう事が解るからこそ、それに対する調整ができる。解らないものに対して、調整はできませんから。

つまり、上手になって、その繊細さも感じ取れるようになろうという事です。感じれるから、それが面白さです。感じれないなら、ただ走っているに過ぎない。感じた方が面白いわけですから、上手になった方がより面白い。

もちろん、より強風においてもセーリングができるようにもなる。つまり、自分のセーリングの幅を広げる事ができる。という事はより乗れる、より楽しめるという事になります。長い事セーリングをやり続けるというのは、この繊細さから大胆さまでの幅を広げていく事によって、より広範囲のセーリングを持つ事と、微妙な繊細さまでも感じ取れるようになる事。それによって、これまでは感じた事の無い世界を持つという事になろうかと思います。

ただ、真っ直ぐ走っていても、上手い人は違います。楽に操船しています。無駄もないから。でも、感じている世界は我々の世界とは全く違うかもしれません。あるベテランの方は、船体が柔らかいと、そのねじれで気持ちが悪いと言われる。そんな事が誰でも解るようになれるんですね。

ずっと昔ですが、F1ドライバーだった中島悟さんが、いろんな市販車をテストドライブした話を聞いた事があります。その話でも、日本車は速いんだけれど、カーブする時にボディーがよじれると言われた。ボディー剛性が弱い。その点、欧州車は、スピードは日本車程でも無いが、ボディー剛性が高い為、カーブを曲がる時にしっかり曲がれるとの事。これと同じですね。昔ですから、今は知りませんが。

つまり、上手くなった方がより解るという事になります。だから、面白いんですね。何をやっていても、次元が違うのかもしれません。ただ真っ直ぐ走っていても、面白さが違うのかもしれません。言わば、職人技であります。

どうせやるなら、どこまで行けるかは知りませんが、少なくともそういう職人技を目指して、セーリングを習得していきたい。物作り職人の様な製品は作れませんが、でも、自分の感覚の中で、全く異次元のセーリングの世界を味わえるようになるかもしれません。きっとそうなる。その日のセーリングの中で1時間でも良いから、全神経を集中して、遊んでみてはどうでしょうか? そんな事を続けたら、きっと上手くなる。特別な技術を身につけるというより、感覚的に特別な感覚を身につけるという具合です。すると、それに見合った技術も身につくのは当然でありますね。職人技ですね。

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