第七話 好奇心

全ての始まりは好奇心。軽く言うなら興味であります。その興味でもって接した事に、面白さを感じたら、もっと知りたくなるし、体験したくなります。でも、どこかで退屈感を覚えたり、恐怖心等が感じられたら、中断してしまうかもしれません。そうならないようにする為には、過去に起きた面白さが、未来にもあるだろうと想像して、その力が退屈感や恐怖心をしのぐ必要があります。

つまり、何事も続けるには想像力が欠かせないのではないかと思います。そして、その想像力の燃料は情熱かもしれません。これらがあると、だれてきた時も、何とか続ける事ができる。そして、続けていきますと、また新たなステージに到達していきます。

何かを長く続けますと、いろんな事があるのは当然で、何があっても続けると、やはり、続けてきただけの事はあります。まるで、熟練した職人の様に、精通するわけであります。

やはり、生きている間に、何でも良いから、何かひとつでも精通できる事があると、何だか充実感さえ感じます。それが仕事に関する事であろうと、遊びに関する事であろうと、何だか嬉しさを感じますし、それが他人であるなら羨ましくも思えます。

という事で、他人を羨むよりも、自分で何かに精通できれば、その方が良いわけですから、ただ、いろんな事があるはずで、そこに情熱と好奇心とで、乗り越えていく。その結果には、きっと、面白さ、レベルの高い面白さ、人が羨む精通した技術が育つわけで、これも楽しまない手は無い。

人間が飯食って、生きているだけでは無いとするなら、ひとつは、こういう事が習得できるかどうかも大いに意味を持つのではないかと思います。

楽しい事をしたいと思う事は誰でも同じでありますが、進歩しないと、楽しさもそのステージでは慣れて、慣れすぎて退屈になるかもしれません。よって、進歩すれば、新たなな楽しさも生まれてくる。でも、進歩するには、いろいろあるから乗り越える事も必要になる。その乗り越える力を得る為には、想像力と情熱かな?おおいなる好奇心と言っても良いかもしれません。

クルージングに行けば、あっちに行った、こっちに行ったという物理的な証拠が残ります。だから、他人にも自分自身にも、明確に示す事ができます。或は、レースだったら、何位とか、優勝とか、いろんな証拠を示す事ができます。しかし、セーリングという面においては、明らかな、目に見えるような証拠が残しにくい。ただ、自分自身にしか解らないかもしれません。セーリングには、そういう面があるので、動機付けはちょっと他より難しいかもしれません。しかし、自分には解るわけで、それは感覚の記憶として、誰もが味わった事のない世界を見たわけです。

他人に示す事ができない。ならば、たまに誰かを乗せてあげれば良いかもしれません。そういう意味では無いにしても、時に、誰かとシェアーをするというのは大事な事かな〜と思います。その方が、セーリングを気に入って、ヨットに興味を持たれるかもしれませんし。また、一緒に、グッドフィーリングをシェアーするというのも気持ちが良いものではないでしょうか。

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