第四十三話 礼節

一般社会では、近頃、礼節という言葉も失われつつある。それは多分に個人主義を重んじてきた事や、損得勘定が蔓延しているせいかもしれない。ところが、環境が変わると、それが一変する。やはり日本人の本質はそこにあるのかもしれない。

山に登れば、見知らぬ人でも、出会う人に軽く挨拶を交わす。飲み物を分けてくれたりもする。それも自然にそうなってきた。海に出ても同じで、行き交うヨットに対して挨拶を交わすのは珍しくもない。そういうのは気持ちが良いものです。そこに損得も個人主義も無いからかもしれない。本来はみんなそうなんでしょう。

だから、たまには海や山に出るのは良い事でしょう。それだけでも気分が癒される。本来の自分を取り戻せる。そういうのが山や海の力、自然の力かもしれません。つまり、個人主義と損得勘定が、物質的に我々を楽しませ、一方では、精神的に蝕んできたかもしれない。そういうフィールドで通常生活をしているわけだから、ストレスが溜まらないわけが無い。だから、やっぱり海に出た方が良い。海に出るとみんな優しくなれる。

もう随分と前ですが、海で漂うボートを救助に行った事があります。もう暗くなっていた。どうしても、エンジンがかからない。それで、引っ張ってマリーナに来た。そのマリーナは夜間だから誰も居ない。ガードマンがいるだけ。それで、緊急なので、ガードマンに伝えて、一晩、そこの桟橋に繋がせてもらった。

翌日、ハーバーマスターが怒って、無断で入った事を咎められた。この緊急時どうすれば良かったのか? その彼曰く、朝までマリーナの外で待てとのたまう。信じられないような言葉に絶句。海には有り得ない言動では無かったか。その人も海に出るとそうでは無いと信じたい。陸に上がると性悪さが出た。どっちが本当かは知らないが。

あるマリーナに初めて行った時、そこのスタッフは実に気持ちが良かった。誰もがにこやかに挨拶をしてくれた。何かを尋ねると、自分の手を即座に止めてでもすぐに返事をしてくれたり、こちらの用事に応じてくれた。こんな気持ちの良いマリーナがあるんだと感心したものです。そこに来るオーナー達も、何かにこやかだった。ところが、ここのマリーナと同じ系列の別のマリーナに行くと、全く愛想が無かった。何故、こんなに違うんだろうか?そこに来るオーナー達も、何故か、よそよそしく感じる。これは何故でしょうか? 

日本全国、いろんなマリーナがあるもんです。そして、そのマリーナに応じて、オーナー達の雰囲気も違ってくる。良いマリーナにいるオーナーは幸福だが、不幸なマリーナにいるオーナーは可哀想。人間というのは、微妙なんですね。雰囲気を感じ取って、そこに染まってしまう。でも、海に出れば、みんな本来の自分を取り戻す。海は究極の癒しの場かもしれない。陸はルールが支配し、海は自然が支配する。我々人間は、人工的ルールよりも、自然のルールの方が気がおさまるのでしょう。 厳しさは同じですが。

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