第二十六話 頭脳と情熱

文明社会が科学を信奉するようになって、理屈的に考える頭脳を重視するようになりました。これは文明の発展におおいに貢献してきたわけですが、その発展を推し進める強い動機というものは、理屈では無く、その科学者の情熱によるものと思われます。

しかし、情熱だけでは、空回りするかもしれませんし、理屈だけでは発展の方向性を間違うかもしれません。否、動機さえ出てこないかもしれません。そこで、情熱をもって始め、継続し、頭脳で発展を求める。その両方がバランス良く必要かと思われます。

ヨットを始めるには、なんからの情熱が最初にあると思います。どんな内容であれ、それが無いと動機が生まれてきません。それで、ヨットを始めるわけですが、今度は情熱だけでは空回りしかねないので、理屈で考える。知識を得て、実践して、技術を身につけます。

最初はデイセーリングでセーリングを覚えます。緊張もするでしょうが、面白い時期でもあると思います。そこそこ乗れるようになりますと、情熱が薄れていく場合もあります。どこか遠くに行きたくなって、その情熱が高まるのは良いんですが、現実にはそんな暇が無い時、デイセーリングさえも疎かになる。それで、徐々に足が遠のく。

遠くに行きたいという情熱が高まっても良いのですが、現実との絡みを見て、冷静に、理論的に判断をしなければ発展が無くなります。遠くに行けるのなら行けば良いし、行けないなら、デイセーリングをもっと深く追求しようという情熱を高めてはどうかと思います。

クルージングはしょっちゅうは行かない。年に何回かでしょう。近くに良いクルージングスポットがあったとしても、毎回ではそれも飽きてくる。よって、クルージングしない日々にデイセーリングを取り入れて、そこにセーリング自体を堪能するという情熱も持って、日々の充実を図るというのは、理屈で考えても良い方法ではないかと思います。だからこそ、デイセーリングをお薦めしています。

仕事を引退すれば、毎日が日曜日。いくらでもクルージングに行く事ができます。しかし、引退しても、何かと忙しい方も多い。町内会、家事、親戚との関係、その他いろいろあります。現実的には、全く何もないという事は無く、実際あったらそれも寂しいので、何か社会と関わる事に関心が向かうのではなかろうか?ですから、数ヵ月の間、無用の者になるという事は、なかなかできない事ではないでしょうか?

だったら、やっぱりデイセーリングなのであります。クルージング派として長い事遊んでこられた方々は、どちらかと言いますと、セーリング自体の情熱よりも、旅に興味をお持ちかもしれません。でも、近くの海で気軽にできるデイセーリングも奥が深いものです。セーリングはレーサーの物では無く、全てのヨットの物ですから、この際、再び、セーリングそのものへの情熱を高めては如何でしょうか?

もっと理屈を考えて、頭を使って、自分なりのセーリングの進化を求めては如何でしょうか?そこに情熱を持てれば良いんですが。セーリングは頭脳と感性の遊びです。

次へ       目次へ