第二十二話 ヨットの知識

セーリングそのものを遊ぶには、知識が必要になります。一般の人達には全く無縁の知識、ヨットにしか使えない知識、ヨット以外ではあまり役に立たない知識、つまり、専門的であるが、生活とは無縁の知識、無駄知識であります。純粋に遊びの知識。無駄だから良い。遊びとは、無駄だからこそ遊びに徹する事ができます。遊びに徹する事ができるから、面白いんです。そんな無駄な事に詳しい自分というのも、なんだか面白くありませんか?そんな無駄な事に夢中になっている自分、心に余裕がある自分、それも良いかと思うのですが。

知識にも基礎的な知識から高度に至るまでありますが、知識だけでは役に立たない。それを実践において経験する事で、知識は血となり肉となる。まるで英会話と同じで、知識は文法、会話は実践です。実践だけから、経験から学んでいく方法もありますが、知識と実践の両方で進む方が効率は良いと思います。

ヨットを出して、セーリングして帰ってくる。これだけなら、簡単にできるようになります。そこが良いところです。難しい知識と高度な経験を積むまで出る事ができなければ、これは誰にでもお奨めはできません。しかし、簡単な初歩程度なら誰でもすぐにできるようになります。エンジンを使ってのマリーナからの出航、ちょっと練習が必要ですが、出来ます。セールを上げれば、風が右からならセールは左、それだけでもヨットは進む。同じ進むならもっと気持ちよくスムースに走りたい。これから先が学びと実践の本番です。これから先がもっと面白くなります。

ひとつひとつの作業にはちゃんとした理由があります。動作と理由を理解していくと、衰えた記憶力でもちゃんと覚える事ができます。やみくもに記憶だけではすぐに忘れてしまいます。何故、そうするのかを理解する事は重要ですし、知的遊びとしても満足度は高まります。何故そうなるかを自分で考えるのはもっと良いと思います。ただ、何も電気やエンジンの習得をと言っているのではありません。物理的、目に見えて解る動きの事です。これなら常識で考えれば、たいていの事がわかります。

風が吹けばヨットは前側が風下に流されます。船底にはキールがあり、舵という板があります。つまりはこの板が流される時抵抗になる。前側にはこの板が無い。つまりは、前側の方が流され易い、よってバウから流される。マリーナを出航する時、エンジンを使いますが、プロペラが回っても、舵はヨットが移動する事によって起こる水流が無いと舵は効きません。舵に水流が当たって流れる事によって舵で方向転換ができる。前進の場合はプロペラが造る水流が舵に当たりますが、後進の場合は水流は前側に流れますから、船体の動きによっておこる水流が無いと舵は効かない。そこに風が吹いて、バウは風下に流れる。ある程度後進が進むと舵が効いてきます。そのある程度のスペースがマリーナにあるなら簡単です。でも、無ければ、風の方向を考えて出航する。こんな事は考えれば誰でもすぐに解ります。考える事が大切です。

係船ロープを解く。ロープをはずせば、ヨットはどうなるか。風下側のロープをはずしても何も起こりませんが、風上側のロープをはずせばヨットは流される。よって、風上のロープは最後にはずす事になります。逆に入港時は、風上ロープを最初に取れば、ヨットは停止します。

出航したらセールを上げる。風上に立てる。それはセールを上げる時にセールに風をはらませますと横側にセールが押され、抵抗になりますから、セールが上がらなくなります。セールを左右均等にしなければなりません。そうするとセールはバタバタします。その時に一気に上まで上げる。
ハリヤードはセールを上げる為だけにあるわけではありません。セールのラフがパンと張って、セールはカーブしてドラフトがありますから、そのドラフトの前後位置をこのハリヤードで調整できます。強く張れば、ドラフトは前に移動し、緩めれば後に移動します。ドラフトの前後位置の調整です。
このドラフトは深さと位置が重要で、位置はこうやってハリヤードで調整できます。

吹いてくる風をどの程度使うか、強風なら逃がすし、微風なら目一杯取り入れる。その具合を調整します。それはドラフトの深さ、セールの角度、そしてセールエリアの縮小など。つまりはエンジンであるセールに、燃料である風をどのくらい入れてやるか。それによってヨットはバランスを取りながら走る。ひとつひとつは観察して、考えれば解る事が多い。それがいくつもミックスされますから複雑になってくる。よくもまあ、こんな乗り物を考え出したもんだと感心してしまいます。一杯風を取り入れたとしても、船体が今度は支える能力が無ければ走れない。丁度良いバランスを見つける。その最大限を探す。見つけたら、陸上では決して味わえない快感が味わえます。

不確定な風は、不確定であるからこそ面白さが出てきます。いつも同じ条件なら、面白さは最初の頃だけになるでしょう。でも、いつも違うから何十年でも走る事ができます。不確定な中に最高のフィーリングが得られるからです。その味わいを得る為に、知識を増やし、経験を通して、味わいを深めていく。マニアックに聞こえる方もおられるでしょう。でも、最高の面白さはここにあります。
極端な言い方をすれば、この最高のフィーリングを得られるなら、他の事は重要では無くなるかもしれません。温水が出るとか冷蔵庫があるとかは、重要項目では無くなります。設置してはいけないと言っているわけではありません。重要と感じなくなるという事です。反面、セールやシート、ブロックなどは気になります。遠くの地より、風が気になります。

これを味わっても、クルージングは楽しめる。ピクニックも楽しめる。何でも来いです。最高を味わったら、後は余裕です。ヨットの全てを味わう事もできます。

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