第九十一話 冒険

ヨットはレジャーにもなるし、冒険にもなる。ヨットのどこを楽しむかは自分次第です。山だって全て冒険かと言えばそうでは無い。近所のハイキング気分で上れる山から、重装備の登山まで、いろいろある。ヨットを気軽なレジャーにすれば、もっと多くの人達がヨットの世界に入ってこれる。でも、大衆化するにはコストがかからないようにしなければならない。ヨットはこの点矛盾します。快適レジャーを目指すにはお金がかかる。だから、大衆化にはならない。

という事は、ヨットはある特定の方々だけが楽しむものです。ヨットがレジャーである以上、快適さにはよりお金がかかる事になります。或いは、1年間のわずかな本当に良い季節だけを、そしてヨット日和だけを狙う。そうすると、装備を減ずる事ができます。でも、これじゃあ、年に1回とか2回とかスキーをやりに行くうようなもので、ヨットは購入すれば、それだけでコストかかるんですから、借りれるなら借りて遊んだ方が良い。でも、ヨットという奴はある程度は練習しないといけませんので、ちょいと借りて楽しむには、その前に練習しておかなければならない。どうもうまく行きません。

それで、ヨットを楽しむもうひとつの方法は、ヨットをレジャーでは無く、冒険とみなす事です。それもちっちゃな冒険で良いのです。これだけで、ヨットに対する考え方はがらりと変わります。快適さを第一として求めるのでは無くなります。日常から脱して、ちょっとした冒険を試みる。そういう方々にとって、ヨットに対する考え方は異なってきます。そして、こういう考え方が根底にあれば、乗れる幅がぐんと広がっていきます。

理想的な自然環境はそうあるものではありません。レジャーならそう乗れないという事になります。でも冒険心から言えば、幅は広がる。一人で出す時にかいた冷や汗、もう二度と嫌だと思う事もできますし、今度はうまくやろう、こうすれば良かったと思う事もできます。日常で、こんな感覚は味わえないと積極的に取る事もできます。

風が無い日は、海面を観察して、少しでも波のあるところを探す。見つけて、そちらに向かう。そこにスーっと風が吹くと、良い気持ち。上り角度を落として、スピードを稼ぐ、そんなやりとり。強風になれば一転緊張感がみなぎり、スリルの中に、自分のコントロールで走る抜ける爽快感があります。冒険には暑さ、寒さ、緊張感や冷や汗、充足感や爽快感、みんなあります。どれひとつでも拒否する事はできない。こんなのはレジャーではありません。レジャーは快適、快適の中には冒険はありません。ですから、家族を連れて冒険すると、大抵は二度と来ないです。

かくして、ヨットはレジャー派と冒険派に分かれます。レジャー派はより快適を求めて、装備を積み込み、冒険派は少しづつ装備を削除していきます。冒険派は暑さ、寒さも受け入れなければなりません。そうしないとあのドライブ感は手に入らないからです。快適さを失う代わりに、陸上では決して味わえないドライブ感を味わう事ができます。全てのテクニックはこの為にあります。レジャー派にはこのエキサイティングなドライブ感は手に入らない。でも、その代わり、快適さを家族と、仲間と、味わう事ができます。

どちらがどうとは言えません。レジャー派の方に冒険を強いても面白さを発見する事は無いでしょうし、冒険派の方には快適さばかりでは飽きてしまう。ただ、ひとつだけ、ヨットをやり始めた頃、みんな、冒険心たっぷりだったのではないでしょうか?やっぱり、ヨットやろうなんて言う人は少なからず冒険心を持っておられるのではないでしょうか。それを満たすには、冒険するしか無い。ですから、ちょっと快適さを忘れて、冒険を一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。もちろん、程度は自分次第です。ひょっとすると、昔持っていた冒険心がふつふつ沸いて来て、もう一度ドライブ感を求めたくなるかもしれません。あるいは、そこまで無くても、少しの冒険で面白さを感じられるかもしれません。

どんどん冒険心が沸いてくると、どんどんドライブ感を求めます。その為には暑さ、寒さもたいした問題じゃなくなる。釣り人がどこまでも行ってしまうのと同じです。ドライブ感を味わって、求めるなら冒険するしか無い。日本人はおとなしいなんて言われますが、あの大勢の釣り人の行動を見ると、冒険心たっぷりじゃないですか。

何かをしようと考える人と何かをする人はおおきく違う。行動を起こす人は勇気と冒険心がある。そんな冒険心を持ってヨットはじめた人達が、ヨットをレジャーだけにしてしまうと飽きてくるのは当然です。年を取ってきたから、後はのんびりクルージングしたいと考えます。でも、根底に冒険心を持っているものですから、飽きてしまう。どんなに年とっても、常識で冒険心を隠してしまわない事です。これが解っている人達、欧米ではそういう人達がシングルハンド艇に移ってきてます。年齢と体力を考えて、大きな艇から、自分で動かせるシングル艇に移行しています。年取ったから、もうレジャーで良いとはならない。何故なら、自分の中に生まれ持っている冒険心は無くなる事は無いからです。年齢と共に、体力と共に、大きかった冒険心が小さくなる事はあるかもしれません。でも、大小は、より遠くでも、より大きなヨットという事でも無く、その気になれば、同様な冒険がデイセーリングで味わえるという事です。

日本ではヨットはレジャーの範疇でしょう。もちろん、それも結構です。ただ、冒険でもあるという事
ヨットにはレジャーと冒険のふたつがあるという事を常識のように意識する事は、今後、日本のヨットに対する意識の変化であり、これがもたらす意義は大きいと思います。ちょっと、たいそうでしたね。話が。

では、最後に、一言、”ちょっとだけ冒険しましょう!”。

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