第四話 スタビリティー

最近のヨットはスタビリティーという事を非常に軽んじてきているのではないかと思われる。
レーサーなら、クルーの体重を利用して、サイドデッキに座らせて、艇を起こす事もできる
が、クルージングの場合はクルー不足で、ショートハンドが一般的になってきました。
という事は本来なら昔のヨットより、今のヨットの方がスタビリティーが高くなるべきではない
かと思うのですが現実はその反対のようです。

スタビリティーは何もバラスト重量だけでは無い。ハルの幅が広いというのは、初期ヒール
において復元性が高くなる。昔の狭い幅では初期ヒールが大きい。しかしながら、昔のヨット
はバラストが非常に重いので、それから先の腰が強い。幅が広くなると、船底もフラットな
船型になってくる。フラットになると、波に叩くので、乗り心地は良くない。衝撃がもろに伝わ
る。

つまり、レーサーなら幅が広く、できるだけ軽くして、クルーの体重も幅が広い所に座る方が
効率は良い。クルーの体重で起こせる分、バラストも軽くすれば、いつも重い物を引きずら
ずに済む。だから、レーサーは幅広の方が良い。目的が明確なのです。

一方、クルージングを考えると、そこそこ走る方が良い、キャビンが広い方が良い、スタビリ
ティーが高い方が良い、乗り心地が良い方が良い、波が上がってこない方が良い、レーサー
と違って、目的が明確では無いので、要求がバラバラになる。そうすると、造船所はこれに
どう応えるかが、問題になる。クルー不足と言ったが、それはセーリングするのが前提になる
セーリングをあまりしないなら、しても穏やかな時だけなら、ましてロングなんか行かないと
したら、そうしたら、目的がかなり明確になってくる。幅広にすれば、キャビンは広くなる。
バラストが軽くても、穏やかなセーリングなら問題にならない。それにセールだって小さくすれ
ば、なおさら問題無い。フリーボードを高くして、キャビン天井を高くして、バラストを軽くして
それでマストを低くする。これで得られる事は快適なキャビンライフという事になる。つまり、
キャビンライフを中心に考えられている。

スタビリティーが低いと、ちょっと吹いただけで、大きくヒールする。早めにジブを小さく巻く。
メインのリーフを考える。ジブはファーラーだからともかく、メインはリーフするのが面倒くさい
それで、メインファーラーを設置する。エンジンはちょっと遠出をする時には絶対必要だから
大きめのエンジンとなる。だいたいしびれるようなセーリング感を得る迄には至らない。だから
セーリングはたいした魅力とはならない。快晴の空、爽やかな空気、そういう中での、爽やか
なセーリング。良い気持ちになるが、しびれるようなセーリングでは無い。そんな爽やかなセー
リングは、しょっちゅうは乗れない。何故なら、ちょっと風が強い時は爽やかでは無いし、あまり
長いとそれも飽きてくる。飽きてくると、おしゃべりか飲み食い中心になる。それがヨット。
セールは主機と言われるが、今ではエンジンが主機なのだろう。

キャビンライフが好きならそれも良い。毎週末にはヨットに泊まって、食事を作り、家族団らんを
過ごす。ヨットから釣りもできるし、何しろ、気軽にキャンプ気分を味わえる。どうせ誰も他には
居ないので、誰にも邪魔されずに、ゆっくりとした時間を過ごせる。何もしない時間を過ごせる。
1日ぼ〜っとした時間が好きなら、それも良い。

でも、私は駄目なんですね。ヨットに泊まるのも、ほんのたまになら良い。家族でキャンプ気分
もたまで良い。それに、1日、ヨットの中でぼ〜っとしているのも得意では無い。何か読みたい
本がある時なら良いが、そうで無いなら、何かをしていないとたいくつになってしまう。それで、
セーリングしても、ある程度吹いても面白くセーリングできるヨットが良い。腰の強いヨットは
その分吹いても展開しているセールを充分維持できる。それに、乗せられているより、自分で
コントロールして遊ぶのが良いので、そういうセーリングの操作をして、反応を楽しむのが良い。
そういうヨット少なくなりました。そうは言っても、今あるヨットから選択せざるを得ない。

理想は、びゅうびゅう吹いても安心できるヨット、操作が楽しめるヨット、何もしないで良いヨット
なんて、面倒くさがりには良いかもしれないが、面倒くさがってはしびれるようなセーリングは
一生かかっても味わえない。ところで、最近の若者は非常に面倒くさがりが多いらしい。ニュース
によると、果物の消費が減っているらしい。原因は皮をむくのが面倒、種を出すのが面倒、そう
いう事らしい。それで、消費が落ちては、何とかしなきゃいけないので、種の無い、皮ごと食べれ
る物、そういう品種改良がなされているらしい。どうりでヨットに若いクルーが居ないはず。
ヨットは面倒な事をしなければならないし、その面倒をしなければ感激も味わえない。インスタント
世代なのかもしれない。今は何でも冷凍され、コンビニで済ます。手間のかかる事はしないのです
子供はインスタント的に造れるが、インスタント的には育てられないので、小子化が進む。
ドライブスルーがあって、オートマチックの車で、彼女は出会い系サイトで見つける。家に帰ったら
事前に録画していた番組をリモコン操作で見る。その時間に家に居ないと見れないなんて昔の
ような事は無い。そういうインスタント時代なのかもしれません。面倒くさい事ははなっから嫌なの
です。それで、一方では本物志向なんて言葉がある。そんな事を言うのは本物が無いからでしょう。
それも、自分が本物を造るのでは無く、誰かが作った本物でなければならない。インスタント的に
快楽を得なければ満足できない。この便利な世の中、金さえ出せば、インスタント快楽を得るのは
可能でしょう。でも、感激することんどはあり得ない。

我々もそういう事に毒されてきている。面倒くさい事は嫌になる。そういう事になれてきた。便利が
良しなら、同時にそういう事も与えられてきた。でも、便利なだけでは、感激はしないのです。昔、
と言っても、昭和の時代、自分で作って遊んだもんです。遊びは自分で作るもんです。ですから、
夢中になれたし、感激もしたし、物も大事にしてきた。

遊びは自分で作る。キャビンライフもセーリングも自分で造る。それがヨットを遊ぶコツなのではない
かと思います。ヨットを頭の中に描いて、自分が楽しくキャビンライフを楽しむ姿を想像するなら、大
きなキャビンを持つヨットがいい。セーリングする姿を描くなら、セーリングするヨットが良い。

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