第二十二話 純クルージングから純レーサー

ロングキールを持つ、それこそロングクルージングから、乗り心地は無関係に走る為だけに造られた
グランプリレーサーまで、その極端な幅の中に様々なヨットタイプがあります。どこからがクルージン
グ艇で、どこからがレーサーという明確な区切りは無く、みんながそれを何と呼ぶかにかかってくる
そういうものです。また、それは時代によっても異なる。

例えば、ノルディックフォーク25は、今から見れば純クルージング艇ですが、当時ではレーサーだ
ったのです。信じられないかもしれませんが。また、ちょっと前のIORレーサーですが、キャビンはほとんど
何も無い状態でした。でも、今のIMSレーサーはキャビンがちゃんとある。トイレもちゃんとあるし、
ギャレーもある。これから先、もっと何かが発明されたり、新しい考え方が生まれたり、スピードが
どんど上がると、今のIMSレーサーもクルージング艇よ呼ばれる日が来るかもしれません。つまり、
クルージング艇とレーサー艇は相対的なものという事になるのではないでしょうか。

そうすると、レーサーであるとか、クルージング艇であるとか、そういう誰かがつけた呼称に惑わされ
る事無く、その仕様を見て、判断して、自分のコンセプトと照らし合わせて見るのが良いかもしれま
せん。今のレーサーをスポーツボートとして見るという事もできなくは無い。そういうヨットを買って、
レースに出なくても、帆走を楽しむスポーツとして使っても良いかもしれない。スポーツクルージング
としては,シングルかダブルで動かせる物、それが楽にできるなら、ジャンルは問わないでも良いので
はないか。

レースは素早く対応しなければなりませんが、スポーツなら、ひとつひとつ順番にやっても良い。レース
とスポーツの違いは、競争している相手が居るか居ないかの違いです。相手が居る場合、自分がいか
に最高のセーリングしても、それで勝てるわけでは無い。無理して上らせ無ければならない場合もある
し、タックするも相手とのかけ引きもある。つまり、ヨットを速く走らせる技術と、相手に勝つ戦術の二つ
がある。一方、スポーツとしてのヨットであれば、相手が居ないので、ヨットをとにかく速く走らせるだけ
よりスムースに走らせるだけを考えれば良い。だから、最高の気分になれるように操船すれば良いので
この方が勝つ気分は味わえないが、滑らかな素晴らしいセーリングを味わえる。

必ずしも、レースに出て、勝つ事だけが最高の気分を味わえるというものでも無い。スキーでもサーフィン
でも、やっているプロセス自体を楽しむ事ができる。もちろん、最高のセーリングをして、レースに勝つとい
う事ができればもっと良いのかもしれないが、ヨットに関して言う限り、それなりのヨットと腕がないと、それ
は無理というものです。それに、ハンディキャップレースの場合、ワンデザインで無い限り、着順では無く
ハンディによる修正で、勝ってもどうもしっくり来ない。アメリカなどではワンデザインが結構流行っている。
その気持ちは良く解る。一番に帰ってきた者がそのまま優勝。これが最も分りやすいと思いますね。
レースやってる人には申し訳無いですが。

それでスポーツクルージング派には、ボートスピードがひとつの目安になるし、或いは、タイムを計測して
も良い。風速何ノットでどのくらいボートスピードがどれくらい上げられるか、或いは、島や浮標などを回って
どのくらいの時間がかかるか。これなどいつもコンディションが違うので、ナンセンスかもしれないが、度々
やっていると何かに気づくかもしれない。そうやって、自分なりの目標を造って、遊んでも良い。その間の
プロセスにおいて、必ず何かが生まれると思います。より滑らかなセーリングをしようと思うようになるし、
その為に、ひとつひとつ勉強もするし、そうやっていたら、ある日突然、何とも言えないような最高の気分が
訪れる事があると思いますね。これを感じたら、もっと自分の背中を押してくれる事になるでしょう。

ただクルージングするのもセーリングではありますが、スポーツするのは、またひとつ違うセーリングだと
思いますね。そして、レースするのもまた別のセーリングです。という事は4つの使い方があります。
エンジンを使ったもの、クルージング、スポーツクルージング、そしてレースです。どれかひとつしか使った
らいけないわけではありませんから、ミックスして、その都度、その状況に合う乗り方をしたら良いと思いま
す。ただ、エンジンだけ使うのと、クルージングするだけのものは変化があまりありませんから、退屈さが出
てくる。退屈さが出ると何か変化がほしくなる。その変化は一緒に乗る相手が変化するか、行き先が変化
するかという事になり、結局は遠くに行かなければ変化が見えて来なくなる。それで変化の乏しい、慣れた
近場では、もはや変化は感じられなくなり、遠くへ行く暇の無い人にとっては、ヨットは退屈なものとなってし
まう。それで、スポーツすれば、毎日が変化だらけです。近場で変化に会える。それがスポーツを勧める
理由です。スポーツを主として、バリエーションでクルージング、エンジン使う、お祭りレースに出る。こういう
乗り方をお奨めしています。それにレースのように相手も要らない。

スポーツに真剣に取り組むならば、知識において貪欲になるし、知識を得れば、それを試したくなる。それが
進歩を生み出しますし、面白みも増し、変化も与えてくれます。何も一辺に何でもやる必要は無い。今日は、
ジェノアのトリミングを主に、メインのトリミングを主に、今日はジェネカーを上げてみる。全体の動きに注目し
てみる。スムースなタッキングに、ジャイビングに、舵の操作に、いろんな部分に集中してみるのも良い。

ちょっと余談ですが、昔、英語を勉強していた時、ある表現を覚えて、よし、今日はこの表現を使おうと思って
出かける。そして、必ずどこかでそれを使う場面が出てきて、使う。すると非常に体得しやすかったです。そう
やって、その積み重ねがたくさんになって、合計されてくる。それである所から、従来の積み重ねだけでは
無く、応用ができるようになる。単なる足し算では無く、掛け算になってくる。ヨットも同じではないかと思いま
す。バングの使い方を覚える。いろんな場面で、どういう風に使うのが良いか、メインシートトラックを使う。そ
ういう事をひとつひとつ覚えていけば、いつか、トータルでかなり面白いセーリングが自由自在にできるように
なるのではないかと思うのです。ヨットはひとつひとつが分離して作用するわけでは無く、ひとつひとつの機能
が複雑に絡み合う。それが分ってくるのではないかと思うのです。そして、分れば、面白いに決まってます。

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