第七十五話 向こう合わせの帆走

向こう合わせの釣りというのがありますが、何がどうだったか解らないまま、気がついたら
魚が食ってたという事があります。釣れれば確かに面白い。でも、一歩進んで、こういう
仕掛けで、どこに投げて、どういう魚を釣ると考えて、それが現実となったらもっと面白い。
昔、フライフィッシングをした事があります。まったくへたくそですが、フライは疑似餌を川の
流れにできるだけ自然に流して、魚をおびき出す釣りです。ある時、偶然に流したフライに
魚が出てきて、でも食わなかった。出てきた瞬間はドキッとする程の興奮を得ます。でも
食わなかったので、それなら、今度はもう少し上流から同じコースをもう一度流してみようと
思い、投げる。これが偶然にも良いポイントに落ちて、考えたとおりに流れていく。今度は
どうか? これが来たんですね。バクッと来ました。

良い日に恵まれて、最高のセーリングができる時があります。でも、こんあ偶然ばかりを
あてにしていてはチャンスは少ないです。そういう日に休みじゃないと行けないし、それに
クルーをあてにしているなら、クルーの都合もある。そういう日は多くは無い。これはひょっと
すると、向こう合わせの釣りと同じではないか。良い日に出れば、誰でも良いセーリングに
出会えます。でも、そんな偶然は多くは無い。

向こう合わせのセーリングから一歩進んでみましょう。風を探して、より良いセーリングを求
めましょう。するとどこが風があるとか、地形の特徴とか、そういう事も解ってきます。シート
を操作して、スピード計がどんなに変わるかを見ます。自分なりにああでも無い、こうでも無
いといろいろやってみる。するとスピード計に数値が出ますから、その反応が解る。それで
操作がうまく行ったか、或いはその逆かが判断できます。スピードが速いという事は、それ
だけ抵抗が少ないのですから、スムースなのです。そういう事をやっていると、チャンスは
広がります。もう向こう合わせのセーリングでは無くなる。へたでも良いのです。最初は
誰も解らない。でも、こうやって行くと、自分がだんだんうまくなる事が自分でわかる。それも
面白くなります。

こうなると、出る前から、今日はどんなセーリングになるか想像できるようになるかもしれま
せんね。今日は期待できるぞとか思って出る。或いは、今日は微風だなとか、それでも、
時折ブローが入る。風向きによっては、どのコースを行った方がより良い風になるかもわかっ
てくる。同じキャリヤを持つ方でも、こういう積極的なセーリングを心がけている方は、何倍
も楽しんでいます。ですから、こういう方は楽しさが解っているから、また出る。向こう合わせ
のセーリングだけではなかなかこうは行かない。チャンスは自分でつくりましょう。

そういう事に目覚めると、セールが気になる。どんなにやってもセールが伸びきっていては、
うまい奴がやっても同じです。良いセーリングを求めると、セール、ハリヤード、ブロックの位置
そういう物が気になります。するとヨットはいつもグッドコンディションを保ちたいと思うようになる
それはヨットにとっても良いことです。自分にとっても良い。風にも波にも周りの地形にも敏感
になる。ヨットの反応にも敏感になる。自然に自分の神経が研ぎ澄まされ、あらゆる事に敏感
になる。一種の緊張感ですが、心地良い緊張感です。そして、セーリングを終わって、マリーナ
に戻ると緊張感はほぐれ、最高にうまいコーヒーを味わう事ができる。気分が緩和した最高の
緊張と緩和です。人間、緩和だけでは満足できないようになっている。緊張があるからこそ緩和
がある。緩和を楽しみたいなら、緊張をも味合わなければなりません。ならば、その緊張を楽し
んでしまう。それができるのがセーリングなのです。スポーツセーリングです。緊張して楽しみ、
緩和して楽しむ。こんな良い事無いですよ。

次へ       目次へ