第四十四話 ヨットを知的に遊ぶ

ヨットは知的なスポーツです。マッスルだけではヨットの楽しみは半分以下、知性を
使ってこそ、その面白味は何倍にもなります。モーターボートとは違って、スロットル
さえ上げれば走るという物ではありません。また、マッチョマンが肉体的パワーで走
らせるものでも無い。そこには、多くの知性が必要とされる。その知的遊びは、人の
探求心を満足させ、向上心を養う、極めて知的冒険でもある。

誰でも、ヨットの基本的な知識は持ち合わせています。ところが、ある程度までいき
ますと、知識は頭脳の中に留まり、肉体的動作と連携プレーを取らなくなってしまう。
ちょっと考えれば解る事が、実際の操作において、頭脳とは離れてしまうことが良く
あります。でも、そこは頭を使う、何故かと問うてみて下さい。少し考えれば解る事は
多いと思います。難しい造波抵抗や流体力学など、そんな事を考える事ではありま
せん。極めて常識的な知識をあてはめて行く。これだけでも、随分ヨットは知的に遊べ
ると思うのです。

ヨットは風下に流される事は誰にでも解ります。バウの方から流される。ならば、出航
する時はそれを頭に入れておく必要がある。エンジンで後進する時は、水流が前側に
流れますから、後進の方が舵が効きにくい。ロングキールならなおさらです。これも、
ちょっと考えれば解る。セールを上げる時は風上に立てる。その理由も解る。風上に
上る時はシートを引いて、風下に走る時は出す。メインセールはブームがあるが、ジェ
ノアには無いので、リードブロックの位置でセールの形状が変化する。前にやれば、シ
ートはセールに近くなり、より下側に引く力となり、リーチにテンションがかかり、その代
わりフットが緩む。逆に、後ろに下げればセールから離れ、今度はフット側にテンション
がかかる。リーチは緩み風が逃げていく。ひとつひとつは誰でも知っている事です。これ
ら基本的な知識をいろんな場面にあてはめて考える。難しい理論では無く、常識的な知識
で考えてみる。

もちろん、単純では無いが、基本的知識を実際にあてはめて考え、どういう操作をして
ヨットがどう変化するかを体験として感じ取り、それがまた知識として積み重なっていき
ます。ヨットのすごい所は、それが尽きないという事です。これを実際に経験していく事
は知る事であり、知れば自分の進化が感じられ、それと同時に体験としての感覚が得ら
れる。つまり、ヨットは知的進化のプロセスを楽しむ、極めて知的な遊びなのです。ここに
はゴールはありません。プロセスがあるのみです。そして、どのレベルでも進化の知的
遊びが楽しめる。ここがヨットのすごい所です。そして、知的進化は技術レベルの進化と
なり、それに応じたセーリングとしての体験を通じて、相応の感覚をもたらす。つまり、
どのレベルにおいても、初心者からプロ級まで、知的進化のプロセスが堪能できるのです
もちろん、この知的冒険は漫然としたセーリングでは味わう事のできない感覚です。スポ
ーツする事によって初めて得られる世界です。

まあ、簡単に言うと、どうやったらよりスムースに走れるかと、考えて実行しながら進むと
誰でもヨットの醍醐味がプロセス的に楽しめるという事です。ゴールが無いので、これで
終わりという事が無く、若い時は体力もある。年とってきますと体力が劣ってくる。でも、
それぞれの状況で自分にあった方法で楽しめる。どのレベルにも冒険があり、興奮がある。

何か新しい事を知ったり、自分が何かに挑戦したり、レベルが上がっていくのを感じとれた
り、そういう事は人を夢中にさせ、興奮させる。それが充実感に繋がる。誰でも楽をしたい
と思いますが、もし本当に楽なだけなら、こんなものは退屈で仕方が無くなる。ただ、セーリ
ングを漫然としているだけでは飽きてくるのです。でも、ちょっとした冒険や挑戦によって、
変化、それもレベルアップする変化が感じ取れると、人はエキサイトしてくる。何故なら、人
は進化を好む動物であり、これは知的であるという事です。つまり、人間は知的な何かに
あこがれる。技術のレベルアップも知性無くしてはできません。知性が高まり、次いで肉体
的(技術的)レベルが続く。そして、実践によって、再び知性が高まる。この好循環をもたらし
てくれるのがヨットに他なりません。

学生時代には勉強はしなかった。でも、社会人になって、いろんな経験をしていくと、何かを
学びたくなる。自分を向上させたいと思う。学生の勉強とは根本的に違う。その勉強は嫌ど
ころか知る事によって興奮させられる事もある。昔、NHKで知る事は喜びなりというタイトルの
番組がありましたが、ヨットは知るだけでは無く、即、体験にする事ができ、そして感覚として
フィードバックされるのですから、やれば面白くなるのは当然な事です。人間はそういう生き物
なのですから。こういうプロセスにある時、人は充実感を感じるのではないでしょうか。ヨット
ライフを充実させるには、知的に遊ぶのが一番です。

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