第十一話 理想と現実

テレビでいろんな討論を聞いていますと、あるパターンがあるように思いました。
それは一方が現実主義でもう一方は理想主義、或いは、この件に関しては現実
主義なのに、他の件では理想主義になったり。誰かが、全く間違った事を言うな
らば、それは簡単な事ではありますが、どちらも間違ってはいない。だから、議論
はややこしい事になります。現実と理想の微妙な違いで、目的は同じ所に行こう
としているのですが、そこへのプロセスが違っている。政治討論、経済でも、一般
の議論でも同じような気がします。

現実主義は良いのですが、理想を失ってはいけないと思いますし、理想主義も
良いけど、今やるべき事が現実とかけはなれていてはどうしようも無い。理想を
踏まえた現実主義という中庸が良いような気がしますが、それを見極めるのは、
大変な事かもしれません。

ヨットについて考えますと、理想は安い係留料のマリーナがたくさんあれば良い。
ヨットが安く手に入るようになれば良い。検査がもっと簡易になるか、無くなれば
良い。免許がプレジャーに限っては無い方が良い。もっとヨットスクールがあれば
良い。レンタルヨットがたくさんあれば良い。いろいろあるでしょう。でも、今は無い。
ヨットで遠くへ行きたい。家族でロングクルージングがしてみたい。彼女とロマンテ
ィッククルージングがしたい。レースで勝ちたい。休みがもっとほしい。お金がもっと
ほしい。これもいろいろある。でも、現実を見ますと、そうもいかない事は多い。

将来したい事はあきらめてはならないと思いますが、将来したい事の為に、今はで
きないので何もしないというより、将来の為に今できる事からするという方が、将来
の理想が現実化する度合いは遥かに多いと思うのです。大きなヨットでロングクルー
ジングをしたいという理想は、今できれば、それは多いに結構ですが、忙しくて暇が
無いとか、予算が無いとか、クルーがいないとか、それを阻害する要因はたくさんある。
それで、それが可能になるまで待っているなら、現実化するのは不可能ではないで
しょうか。それより、今できる小型艇で、とにかく外に繰り出す事が先決なのではない
かと思うのです。未来の40フィートより今の30フィートや25フィートです。そして、今
それを実行してできる事を楽しんだ方が、遥かに良い。理想も近くなる。

海の向こうの島を目指すより、今、目の前でセーリングを楽しんだ方が、来年、その島
に渡れる可能性は高いのです。沖縄にはいつか行ってみたい。小笠原にはいつかクルー
ジングしてみたい。それにはどんなヨットが良いだろうかと考えるのも楽しいかもしません。
考えるだけなら、誰にも迷惑をかけるわけでもない。でも、それだけでは、沖縄には行け
ない。仲間とにぎやかにクルージングして、皆で船に泊まって、暖かい雰囲気を想像する
のも結構ですが、いつもそうするわけにもいかない。家族が皆仲良くクルージングというの
も当然良いわけですが、みんなそれぞれの事情もある。

現実を見ると、週末だけがセーリングできる。それも毎週とは行かないかもしれない。クル
ーもそう度々家をあけるわけにもいかない。そういうのが現実です。引退したらとも思うが
それはその時のことです。今できる事を精一杯楽しんだ方が良いのです。それにはどうした
らいいか、それを実行に移すべきです。

ですから、私は誰でもできる、目の前でできる、そしてそれがつまらないどころかエキサイ
ティングにもなる。そういう乗り方、自由自在に扱えるようになる、自分のヨットの隅から隅ま
でを把握し、本当の自分の物にする乗りかた。これが近場のスポーツセーリングだと思って
お奨めしています。21フィートだろうが、50フィートだろうが、今ある場所の目の前でも、
エキサイティングに走れる。クルーがいないならシングルハンドで、メインテナンスも自分で
トライし、何でも知る。そういう状況はみんなに用意されています。その誰もができる事を
実際楽しんでおられる方は実に少ないのが現状です。そして、いつか沖縄にも行ってみた
いと言われる。それは無理というものです。

まずは、今あるヨットで、或いは手に入るヨットで、目の前の海でセーリングを堪能してください。
それが理想へのステップだと思います。キャビンばかりに目をやる事はヨットの持つ要素の
ほんの一部しか見ていない。セーリング第一です。それを楽しんでこそキャビンも生きると思う
のです。ところが、キャビンは見ても、セーリングは見ない。見たはずのキャビンも飽きてくる。
たとえどんなに広いキャビンであろうと、一旦手には入れば、もはやそれは感動をもたらすもの
ではなくなってしまいます。でも、セーリングは昨日と今日では様相が異なる。だから、再びの
感動が何度も得られる。それを逃す手は無いでしょう。違います?

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