第九十四話 A I 艤装 


      

自動化が進むとは言え、ヨットの艤装が大きく変わったわけではありません。それにしても、ヨットの艤装は巧く考えられています。セールが創り出す揚力を如何にコントロールするか、将来、コンピューターを使って、これらを完全自動化する事だって可能だと思います。AIを使えば、さらに進化させていく事も可能でしょう。

もし、セールにセンサーが付いて、その信号をAIが受け取る。さらに、風向風速のセンサー、スピード計のセンサー、ヒール角度のセンサー、船体の動きのセンサー、舵のセンサー等々が全てAIに集中し、そのコンピューターはその時の最適なセールコントロールを各艤装に信号を出して、自動的にコントロールする。さらに、GPSが連動します。走る方向さえインプットすれば、全自動で、しかも、最も効率の良い調整をしながら走る。もはや、世界最高のクルーを得た走りが堪能できます。しかも、そのAIは、その都度のセーリングから学び、自動的に進化もしていく。そんなセーリングも決して夢ではありません。

将来、そういう全自動が当たり前の時代が来ると思います。そうなると、セーリングの知識や技術なんて必要無くなる。それは誰もがコンピューターの言語を知らないでも使える事と同じなのかもしれません。コクピットに座って、コーヒーでも飲みながら、そのヨットとその時の風で理想的なセーリングを味わえる事になります。

しかしながら、仮にそうなったとしても、やはり使い方に差が出ます。これは遊び心にも関係するかもしれません。理想的なセーリングとしては、効率だけを考えれば、AIが正しい。でも、人は遊び心を楽しむ。従って、故意に、オーバーヒールして走る感じを楽しむ事もあります。さらに、時に自動化をオフにしてマニュアル操作を楽しむ事もある。AI時代に知識は必要無いかもしれませんが、逆に、知識があれば、その知識を遊ぶというやり方も出てくる。つまり、遊び心を楽しむ事になると思います。

知らないでも遊べる。でも、知っていれば、もっと深い楽しみ方もできる。それは全自動では無い今でも同じで、知れば知る程に難しさを感じ、そこを乗り越えて、自由自在になっていく処に面白さを感じます。走れば良いってもんじゃない、速ければ良いってもんじゃない、自分がどの様に走らせているかを認識すればこそ、そこを楽しむ事ができる。さたに、そのゲームを進化させていく処にこそ、最高の面白さがあると思います。決して、AIによる最高のセーリングだけが面白いわけじゃない。ここが人間の面白さかもしれませんね。ひょっとしたら、自動化は人間を必要としなくなるのでは無く、人間としての遊び心がより色濃く出てくるようになるのかもしれません。

そういう時代になると、例えば、小型の完全マニュアルセーリングなんかも、より注目を浴びるのかもしれません。自分の頭と身体を使って、それは人間の能力を使って走らせるわけですから、それが面白く無いはずが無い。何しろ、完全自動化の世界だからこそ、逆に、より面白さを感じるかもしれません。将来、将棋やチェスの様に、AI対人間のレースなんかも成立するかもしれませんね。その時、勝つのはAIかもしれませんが、楽しむのは人です。全ては人あってこそのAIであります。

と言う事で、将来、AIに寄る完全自動化も夢ではありませんが、仮にそうなったとしても、楽しむのは人ですから、人がどういう遊び心を持ち、どういう知識や技術を持って遊ぶかは、やはり人次第です。人を楽しませるのは、最終的にはAIでは無く、自分自身なんだろうと思います。ですから、やはり、知識は無いよりあった方が良いし、それは自分を楽しませる事になると思います。

この完全自動化AIに迄は至らない現在においても、かなりの部分でパワーアシストに既に助けられています。その楽になった分をどうするか?ただ、便利になっただけでは、そのうち、それが当たり前になってしまいます。ですから、楽になった分、自分の遊び心を満たす事を考えます。それは、例えば、細かい操作をしてみるとかです。それだって、ボタン押すだけの操作です。でも、その結果起こる変化は大きいはずです。何故なら、楽になった分、心に余裕が生まれて、遊び心が増えてきたから、変化を感じる姿勢ができており、気が付く範囲が広がっています。変化が大きいか小さいかは、それを受け取る心次第、それはパワーアシスト、AIによって余裕をもたらされるからだと思います。

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