第44話 独り言

昔、昔、ヨットがヨットであるだけで良かった頃、乗ることが楽しくて仕方なかった頃、
人々は最も楽しんだのではないだろうか。今で言う便利な物は無く、ただ、シンプル
なヨットだった頃、人々はいかに走るか試し、研究し、遊び、ヨットをヨットらしく楽しん
だのではないかと想像する。

何も、便利な物をあきらめる必要はない。でも、本質はセーリングを楽しむ事にある
ので、便利な機械が度を過ぎると、便利な物がセーリングの楽しさを阻害する場合
があるように思う。最近のヨットのフリーボードの高さは何だろうか。長さは変わらない
ので、ずんぐりむっくり、後ろから見るとでかいヨットに見える。でも、実際は長さは同じ
なのです。これによって、重心が高くなる。簡単に言うが、この事は重要だと思うのです。
整備されたアスファルトの上を走るのなら、そう大きな問題では無いかもしれない。しかし
波の上を走る。そういう場合に重心が高いのはやっかいです。それに、バラストも30%
を切るものが増えてきている。これはもうセーリングを楽しむというより、セーリングを阻害
している。キャビンの広さを重視したという事は住む為か、本当に凪の時しか乗らないか、
行きは凪でも帰りは時化る。こんなときはどうするか?

そして、いまではクルー不足の時代です。こういうヨットにショートハンド又はシングルで乗る。
そういう時代なのにヨットはそれに反した動きとなってきている。ステアリングが良いと言い、
メインシートはキャビンの上、重心は高く、バラストは低く、サイズが小さいからシングルで乗
れるというものでは無い。今のヨットはますますセーリングから離れ、ましてシングルでは乗り
にくくなってきている。大きな、しかも軽い船体は風に流されやすいし、そして、それをカバー
する為にエンジンばかり大きくなってきた。モーターボートにセールがついているとまでは言わ
ないまでも、すこしづつ近づいていると言えないか。

シングルだからと言って、オートパイロットを使うのはセールを上げる時ぐらいにしたいもの、セー
リング中はやはり自分でできるだけ舵を握るのが良い。面白みは自分で操船すところにあり、
風や波に合わせて、シート類をコントロールするところにある。これをする行為が反応として、
ヨットの動きになり、それが自分に伝わってくる。そして、この時感じた感覚こそが、求めている
もの、心の動きであり、感動であり、スリルとなる。これをみんな機械にまかせては、感動は
半減してしまうのである。

何度も、何度も言う。キャビンライフなんてつまらんのです。住む人以外にキャビンはほとんど
使わないのです。帆走中にキャビンに居たいだろうか、良くカタログや雑誌の写真にキャビン
のテーブルにご馳走を並べてある写真などがあるが、そんな事を年に何回するだろうか。コクピ
ットで食べた方が気持ちが良いので、みんなそうする。そうするとキャビンは何のためにあるの
かという事になるが、ひとつはロングで走る人の為、何日も何日もヨットで過ごす為、ヨットに住む
人達の為、それ以外にはあまり必要では無いのです。むしろ極端に言えば、無い方が重心が
低くなる。まあ、そういうわけにもいかないだろうが、今のヨットのように大きなキャビンは必要
無い。まして、外洋艇でもないのだから。

外洋艇ならキャビンは必要です。でも、できるだけ重心は低い方が良い。キャビンで過ごす事を
誰もが考える。でも、どんなに広かろうが、あの狭い空間が快適にはなり得ない。ヨットである
という一種のエキゾチックな感覚は最初だけでうせてしまう。そして、セーリングには不向きなの
です。大きなキャビンに圧倒されて、気軽にセーリングに出る気持ちさえ失せてしまう。
日本人が欧米人並にヨットに住む事を覚えるなら、それも良い。でも、週末さえ、殆ど誰も泊まら
ない。例え泊まっても、週末程度です。住むというのは、生活することですから、全く次元が違う。
造船所はキャビンを大きくすることで買い換え需要を喚起しようとしている。セーリングはレーサー
にだけやらせておけば良いというような考えではないだろうか。

しっかり造られたヨットで、重心が低く、コントロールのし易いヨットは本当に心からセーリングを
楽しむ事ができます。おまけに気軽に出せる気持ちがあれば、セーリングは最高の感じる乗り物
となるでしょう。感じることは生きていることであり、セーリングとはヨットでなければ味わえない
感覚であり、自然と調和できた時は最高の喜びを感じます。それはどんなに大きなキャビンや
どんなに便利な機械がああるより、最高の感覚です。キャビンで過ごす楽しさや機械の便利さ
などをうんぬん考える前に、誰にでも味わってもらいたい感覚なのです。ヨットをする人以外には
解らない、言ってみれば特権なのです。そのせっかくの特権を放棄して、キャビンを重視するなん
てのはチャンスを捨てるようなものです。

どんなセーリングができるだろうか、それがヨットを選ぶ時の重要なテーマではないでしょうか。

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