第90話 新旧

新しい物があるという事は古い物があるという事です。日本は新しい物を取り入れながら
伝統を守ってきた。新旧をうまく混ぜ合わせる事ができる文化だと思います。家は洋式
全盛でありながら、畳の部屋があるものです。小さいながら床の間があり、場合によって
はそこに日本流の生花があったりもします。正月には着物を着たり、生活は洋式でありな
がら、和式も残してある。これらは長い歴史の中で培われた伝統として、定着したもので
あったからでしょう。

日本にも造船所がたくさんありました。しかし、残念ながら、それらは伝統には至らなかっ
た故、殆どが無くなってしまいました。もともとヨットという物が日本の文化では無いので
当然と言えば、当然の事。しかし、残念ではあります。経済効率と便利さという、この二つ
がどんどん新旧交代を余儀なくしています。

伝統はさておき、新しい物が全ての面で優れているのかという事を考えますと、そうでも無
いようです。確かに、レースというスピードを考えますと、これは数値の世界、新しい技術は
古い物に圧倒的に勝ります。しかし、クルージングという面はそうでも無いようです。クルー
ジングに何を求めるかによっても評価は異なるかもしれませんが、少なくとも、全体的に考え
ても、クルージングというジャンルにおいては昔のヨットの方が優れていたのではないか、ス
ピードという点以外においては、そう思えます。

今のヨットはキャビンを広くする為に、住むのに快適性をもたらす為、幅を広く、フリーボードを
高くしています。この事によって、船底はフラットになり、且つ船体重量は軽く造られるように
なりました。これによって、キャビンが広くなるだけでは無く、スピードも上がった。一方、フラッ
トな船体は波に対して叩くという現象が生じます。軽い重量は、この事をさらに助長します。
ご経験おありだと思います。一方、古いデザインというのは、船体が重く、幅が狭い。そして、
この事が水線以下を深くさせ、また船底形状を鋭角にしています。この影響はキャビンが狭い
という事になり、水線以下が深いと言う事は接水面積が広く、スピードを鈍らせる。さらに、鋭角
な船底形状はボートでも同じなのですが、フラットな船型と比べると、同じスピードを得る為には
より多くのパワーを必要とします。だから、遅いのです。でも、この船型は波に実にソフトで、叩
かない。ステムのオーバーハングは波が上がってくるのを防ぎますし、絞り込んだスターンは
追い波に強い。そして、重い船体は積載重量のキャパシティーが大きい。つまり、外洋クルー
ジングに向いていたと思います。ショートクルージングならいざ知らず、長い距離を走ると、これら
の要素は実に大きな差となって、ありがたさを感じます。

欧米ではさすがと言いますか、確かに、一般的な大量生産艇が多いのは当然としても、ちゃんと
そういうヨットも健在です。最新のメガヨットも、クラシックスタイルのメリット部分を取り入れて建造
されているものもありますし、小さなヨットにしても、昔のままのスタイルを建造する造船所がたくさ
ん残っています。デンマークのノルディックフォークもそのひとつです。さすがに、木製となりますと
非常に高価ですが、昔のままをFRPでも建造しています。60年前にデザインされたヨットが、今で
もヨーロッパでは信じられないくらい人気なのです。それは彼らが、単に伝統を残すというだけの
意味合いではありません。ヨットとして、クルージングとして非常に優れているからなのです。



これ、全部ノルディックフォークです。現在ではアルミマストも可能ですが、ヨーロッパでは木製の
マストが主流です。これも伝統を守る為では無く、この方が優れているからです。木製マストは
アルミに比べて、よりフレキシブルだと言われています。

新しいヨットも魅力的でしょう。しかし、一方で、こういうヨットが欧米では非常に多くの方々に好まれ
尚、今でも高い人気を誇り、建造が追いつかないような状況なのです。もう、これはほんの一部の
マニアの世界ではありません。

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