第74話 一生やる

ヨットは一生やるに値するものです。70歳までヨットやるとしたら、後何年あるでしょうか。
そういう長いスパンで考えて、少しづつ楽しめば良い。あせる事は無いのです。たまにしか
乗れないとしても、乗った時はひたすらセーリングを感じる事で、乗らなかった期間の分まで
充分取り返すような、充実したセーリングをしてもらいたいですね。

昔、フライフィッシングというものをやっていた事があります。最初は全く解らないので、友人
の詳しい奴に連れていってもらい、教えてもらいました。全くの初心者であった私が、2,3時間
やるうちに、フライを流した個所に、一旦魚が出てきて、くわえそこなった場所があり、そこにもう
一度流し、見事に釣り上げた事があります。あそこに流す為に、上流のここに入れて、下流に
流して行く。そして、あのポイントで出る。とてもうまく行きました。ビギナーズラックというものか
もしれません。とても良い釣りでした。たくさん釣れるのが良い釣りでもない。自分で考えた理想
的な釣りを試し、それがヒットした。思い通りだったわけです。そこに面白さがある。ただ、のんびり釣り糸
をたれているだけでは、たいして充実感はわいてこないものです。

ヨットも良いセーリングを目指してみてはいかがでしょうか。良いセーリングとは何か?自分の思考
と感覚で思ったような理想的な滑かなセーリングと言いますか、自分でみつけなければなりません。
セーリングがうまいとかへたとか言う前に、セーリングそのものに神経を集中して、波と風を読み、
舵を操作し、セールを合わせる。そういう事に神経を集中させると、そうは長い時間セーリングして
いられません。のんびり、風の吹くままと言うのも良いかもしれませんが、時には神経を研ぎ澄ませ
セーリングに集中すると、思わぬ充実感がみなぎってきます。これはクルージングと言うより、セー
リングそのものを楽しむ方法です。

この風速で、この角度、艇速がどの程度出て、ひたすら走る。タックをスムーズにこなし、ひたすら、
滑らかさとスピードに集中する。こういうセーリングは疲れると思いますか?とんでもない。遊びの
クルージングだから、のんびりという方も多いでしょうが、時にはこういう真剣なセーリングもしてみて
下さい。こういう事を意識していますと、ほんのわずかな振動や音などにも非常に敏感になります。
前の時とちょっと違う.なんて事が自然に解る。

数年前ですが、ひとつのヨットに、それこそ毎回2,3時間しか乗っていませんが、しょっちゅう出した
事があります。それも、ここに書いたように、真剣にセーリングに集中して、ひたすら走るだけです。
そうすると、わずかな感覚に敏感になり、キールにほんの少し付いた異物にさえ、何か違うと解った。
これを体験してからは、もう遠くに行く必要も無いと考えるようになりました。本当に良いセーリングを
したい。ただ、それだけです。

良いセーリングとは、天気が良くて、風も程良く、波が無い。そういうものでは無く。どういう状況であれ
自分がセーリングに集中して、わずかな波の違いや風の動き、それに対するヨットの動き、そういうもの
を感じ取れることにある。もちろん、それに対していつも適切なセールトリミングができるわけではあり
ませんが、神経が集中していますので、わずかなセールの動きが感じられるようになる。その為に
ヨットはいつも整備しておきたいと思うし、様々な装備にも神経を使う。良いセーリングとは、わずかな
変化が感じ取れるというものではないでしょうか。それで、少しづつ自分なりに工夫するなり、試すなり
して、上達していけば良い。これが疲れると思いますか?多少は疲れるかもしれません。でも、こういう
乗り方をしていくと、面白くてたまらなくなります。遠くへ行きたいとも思いません。ただ、良いセーリング
をしたい。それだけです。

クルージング派の方々にもお奨めの乗り方です。レースをするのはまた別です。レースをしなくても、真剣
に走って、良いセーリングをしたという感覚を是非味わって頂きたい。そう思うのです。これなら誰でもでき
ます。すぐ目の前でできます。そして、これがヨットの最高のエッセンスのひとつではないかと思うのです。
ロングを走る醍醐味はあらゆる状況を乗り越えて、完走する達成感かもしれません。ショートを走る醍醐味
はセーリングそのものに集中して、より良いセーリングを目指すところにある。他のヨットに勝つか負けるか
では無く、自分のこれまで得てきた感覚をさらに研ぎ澄ます。充実感間違い無しです。

次へ       目次へ