第五十八話 ヨットを見る視点

ヨットで何をしようと思うか、それによって視点が違ってきます。視点が違うという事は、良い処、悪い処が違ってくるという事になりますから、価値観の違いとなり、これらが噛み合う事は無いという事になります。従って、ある方にとって良いヨットが、別な方にとっては悪いという事になりますので、自分の視点がどこにあるのかが重要で、それが曖昧ですと、視点も曖昧になっていくと思われます。

一般的に言われる視点と言えば、大まかにはジャンル、或はコンセプトという事になり、大きく分けて、レース、セーリング、クルージングという処かと思います。しかし、その各ジャンルにしても、もっと細かく分類する事ができます。

レースであれば、本格的なグランプリレースもありますし、そこまでは本格では無いが、でも、かなりシビアーなレースもあり、ローカルの緩いレースもあり、ワンデザインのレースもあり、クルージング艇でも参加するレースもあります。これらは、どこまで本気と言いますか、本格的にやるかの違いという事になります。

一方、クルージングにしても、近場の沿岸から、遠くの沿岸、或は、外洋を含んだ本格ロングクルージングとうのもあって、クルージングをひとくくりにはできません。セーリングもそうです。ピクニックセーリングから、本格的に追求するセーリングもあります。

ヨットが初期段階であるなら、大まかな分類で良いのですが、ヨットを長く続けていきますと、もっと濃縮した使い方になると思います。そうなると、使い方ももっと細かく考える必要が出てきます。そうでないと、満足度が不足する事になっていきます。これは、経験を積んだ個人に言える事と思えるような気がしますが、案外、社会的な現象になっていくのではないかと思います。つまり、経験を積んだ個人がたくさん増えてきていきますと、経験を積んでいない方でも、細かい使い方のレベルにまで意識が上がっていくかと思います。つまり、社会が濃縮されていくという意味です。それは、社会に、いろんなヨット、コンセプトが提示されてくる事によって、未経験者でさえも、意識レベルが上がっていくという事になろうかと思います。

ですから、20年、30年前の我々のヨットに対する意識は、現在とでは違うだろうと思いますし、初心者でさえも、違っているだろうと思います。無意識の進化みたないものかなと思います。

そこで、ヨットを見る視点も、それに応じて進化しなければなりません。私が考える最も有効な指標は、セーリングをどう考えるかになると思っています。セーリングレベルをどのように捉えるか?どのようなセーリングを期待するか? このセーリングレベルに呼応して、他の性能等もバランスされていくと思うからです。セーリングレベルを考えるのは、レーサーとかセーリング重視のヨットだから、という事では無く、あらゆるヨットが、そのセーリングレベルに応じたコンセプトになっていくと思う次第です。逆に、いろんなジャンルのヨットがあり、そこを重視していくと、その結果として、セーリングレベルに表れてくると思います。

例えば、外洋ロングクルージングにおけるセーリングは、決して速いわけではありません。それより、重視すべき事がたくさんあります。それに応じたセーリングレベルになるはずです。一方、レーサーであれば、高いセーリングレベルになります。しかし、その事は同時に、他の要素、クルージング的な要素を削る事になります。従って、どの程度のセーリングレベルであるのかを見れば、それがどんなヨットであるのかがだいたい解るのではないかと思います。

では、そのセーリングレベルをどう評価したら良いのか? これはこれまでに何度も言ってきましたが、セール面積/排水量比(SADR)です。そのヨットの重量に対して、どれぐらいのセールプランを持っているか?もちろん、各ヨットの標準設定されたセールサイズが異なりますし、本当は、各ヨットのIJPEによる計算をして比較しなければなりませんが、そのデータを公表していない造船所もありますので、比較がしにくく、従って、標準設定セールで計算する事を余儀なくされる場合も多いです。それでも、そのセールサイズを考慮しつつ、比較すれば、結構な事が解るかと思います。

そのヨットがどんなヨットであるのかは、デザイナーが、どんなセールプランを与えているかによって、コンセプトの概略を掴む事ができると思います。それで、自分の期待値はどこにあるのか?どの程度セーリングを重視するか、或はクルージング的要素を重視するかによって、SADR値の数値が高いものから低いものまである中から、絞り込む事ができると思います。

そして、これに慣れてきますと、そこそこキャビンも充実しているのに、比較的SADR値が高いヨットがあります。それに対する考え方、何がそれを可能にしているのか、等々を考えるようになりますと、もっと理解が深まると思います。

SADR値は、重量に対するセールエリアですから、排水量をどの程度にするか?それに対するセールエリアをどうするか? デザイナーが、オーナーの乗り方を設定して計算しているはずです。
それがSADR値に出てくると思います。もちろん、これは技術革新による変化も出てきます。ですから、時代による変化もあります。しかし、現代のヨットを比べるに、SADR値から入るというやり方は、かなり的を得るのではないかと思います。

最後に、単独数値を見るのではなく、あくまで他艇との比較によってのみ、意味が出てきます。世の中、絶対は無いわけで、常に、できれば多くのヨットの計算値を比較する事で、より的確な判断がなされるかと思います。その多くの計算のうえで、例えば、クルージング艇ではSADR値が15前後とか、沿岸クルージング艇だと18前後とか、セーリングを楽しむヨットとして20〜25、もっとレース色が濃くなりますと、25〜30、もっとレーサーになっていきますと、30以上、40とかもあります。もちろん、100%ジブなのか、150%ジェノアなのかによって違ってきますので、それらも考慮する必要はありますが。

ついでながら、例えば100%ジブとメインでSADR値23とするヨットがあり、また、150%ジェノアでSADR値23というのがあるとすると、セーリングレベルは同じと考えられますが、でも、このジブとジェノアの違いを考慮します。片方は操作が楽でしょうし、もう片方は結構大変。そういう事も考える事ができます。また、100%ジブを150%に変えたとしたら、SADR値は上がります。

また、いくつかのヨットに絞り込んだら、メインセールの面積、ジブの面積と分けて比較してみると、これまた、どういう操作になるのかも想像する事ができます。兎に角、重量に対するセール面積は、そのヨットに与えられたパワーですから、パワー比較によって、セーリングに対する考え方を理解できるのではないかと思います。それはひいては、そのヨットのコンセプトになると思います。

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