第三十六話 乗り味

人間というのは非常にやっかいな動物で、味わいという感覚があります。速ければ良い、その他はどうでも良いというのなら、事は簡単かもしれません。或は、安定性が高ければそれで良いなら、事は簡単かもしれません。ところが、そうでは無く、数値では出て来ない味わいと言いますか、それも人に寄って異なる感覚的好みというのがあります。これが難しい。

仕事でヨットに乗るようなプロなら、味わいなんてどうでも良いのかもしれません。しかし、我々はそうはいきません。スピードの感覚、安定感、それら以外にもたくさんの味わいを求めます。

ヨットが車のように、安定した道路を走るとかでしたら、まだ何とかできますが、波も変化するし、風も変化する。その変化だらけの中で、何とかしなければならないし、おまけに味わいというものまで求めます。

それで、セールエリアやヨットのサイズ、重さ、スタビリティー等々で何とかそれを見出そうとします。もちろん、それらで、ある程度の事は解ります。しかし、ひとつ付け加えたい要素があります。それは船体の硬さです。硬さを示す数値はありません。しかし、乗り味という点で言えば、この硬さというのは、違いが出てくるように思います。

重量が重いヨットであれば、その重さ故に感じる変化はあまり無いかもしれません。重量が重いので、動きも鈍くなるでしょうし、安定感もあります。しかし、今日のように、重量が軽くなればなるほどに、その船体の硬さの違いが感じられるようになると思います。

この硬さによって、最も感じるのは、セーリングにおける滑らかな感じではないかと思います。軽くなればなる程、動きの反応は良くなりますから、変化等が感じられやすくなります。そこに硬い船体ですと、何だか滑らかさを感じる次第です。これは安定感とはまた違う要素です。スピード感とも違う要素です。

カチッとした船体が、波に負けずに、海水を押し退けてか、かきわけてか、走る時、その負けない感じとでも言うんでしょうか?この滑らかさは、実にいい気持ちにさせてくれます。それに、こういうヨットでは、加速感まで、より感じるかと思います。

絶対的なスピードという面白さもあるのでしょうが、こういう数値では出てこない味わいというのは、やはりとっても気持ち良くさせてくれます。フッと加速する時、一瞬ではありますが、グッと来るものがあります。滑らかさを感じる時、何ノットのスピードであるかより、遥かに気持ちが良い。

人間の感覚というのは、複雑で、時に単純で、厄介なのですが、でも、だからこそ、こういう面白さも感じる事ができるかと思います。時には、スピードでは無く、味わいという事を意識してみては如何でしょうか? もし、そこに今までには感じ得なかった何かが感じられたら、きっと面白さが増すのではないかと思います。

次へ       目次へ