第二十五話 シングルハンドの意義

速いヨットをシングルハンドで走らせる。その為のデザインは従来のそれとは全く違っていました。
シングルハンドの要件としては、舵を持ったまま、いろんな操作に手が届く事、そして基本的に、片手で操作できる事、もう片方は舵を握っていますから。そして、復元性高い事。クルーの体重で起こす事は無いわけですから。そして速い事。

この要件を満たす方法の第一は、排水量を軽くする事だと思います。そして、安定性を高める為に、重心の低い船体にする事、重いバラストキールを設置する事、それでも尚軽くする事。その為に使われた手法が、SCRIMP工法です。この手法は、ピアソン社が以前から持っていた工法で、この工法を持っていたからこそできたのかもしれません。そして、この工法は硬い船体をもたらします。これが滑らかなセーリングをもたらします。

レーサーとは違うスポーツヨットで、シングル操作ですから、反応は鋭敏にしますが、過ぎるのも良くないという事で、船底形状はレーサー程フラットにはせず、また、キール形状も、レーサーのキールとは違います。レーサーに比べますと、ややマイルドな味付けだと思います。

これは公道を走るスポーツカーという感じでしょうか。誰もが、シングルハンドを楽しみ、そのセールフィーリングを楽しむ事ができます。

ところが、スポーツカーの世界でも同様ですが、もっと速いのを求める人達も出てきます。フェラーリやポルシェは最高時速300kmを超えるそうですが、これらもレーシングカーでは無く、公道を走るスポーツカーです。それと同じように、デイセーラーの世界でも、もっと速いヨットをという動きもあらわれます。

イタリアのブレンタというデザイナーは、B38というヨットをデザインし、その後、42フィートや30フィートを排出していきます。このクラスのヨットが、他社からも出ていきますが、基本的なデザインはブレンタ氏のデザインの影響を受けているようです。重量は非常に軽く、30〜33フィートあたりで、排水量は2,000kgを少しオーバーする程度、それに50%前後のバラストキール、そのキール形状はレーサーと変わりません。船底形状はよりフラットです。

これらレーサーのような性能を持つデイセーラーも、シングルを可能にしています。セルフタッキングジブ、スクウェアートップのメインセール、但し、極端にセール面積が大きいわけでは無く、排水量が非常に軽いのです。その為の工法は、SCRIMP工法同様、バキュームバッグ/樹脂のコントロールを行う最新の工法で、エポキシ樹脂を採用、ヨットによってはカーボンを使っています。より鋭敏なヨットで速いですから、強風下ではそれなりの腕も必要かと思います。それはフェラーリを時速300kmで走らせるのと同様かもしれません。

このようなヨットの場合、中風程度までは良いにしても、強風下をシングルで操作するには、相当神経の集中が必要かと思います。でも、フェラーリ同様、可能な事でもあります。もし、このヨットでレースに出る時は、2,3人のクルーを伴った方が良いでしょう。でも、一般レーサーに比べたら、少ない人数でOKです。まあ、一般的にはワンデザインレースを主に考えているようですが。

でも、普段はシングルでOK,強風下では、早めにリーフ? 腕に自信があれば、突っ走る事もできる。そういう感じでしょうか?ついにここまで来たか、という感じです。

クラシックデザインの美しいスポーツデイセーラーとイタリアンデザインのもっと速いヨット、どちらもシングルで、セーリングそのものをいかに楽しむ事ができるか、スピードだけでは無い、安定性、反応の良さ、操作性、滑らかさ、加速感、セーリングの面白さを味あわせてくれます。しかも、シングルで可能ならば、いつでも好きな時にセーリングができます。それがこのデイセーラーの画期的な処だと思います。

欧米では、これらデイセーラーが、時間の無い人、クルーを確保できない人への、クルージング艇の代替品では無く、これらとは無関係のスポーツヨットであるという認識が定着してきたようです。ですから、他のジャンルと同じように独立した存在です。

シングルハンドだけならたいした事無いかもしれませんが、速いヨットをシングルで可能にした処に大きな意義を感じます。

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