第二十六話 自由

立ち寄り箇所があるかないか、島々があるかないか、風は適当に吹いてくれるか、波は高くないか、誰かが来てくれるか、天気は良いか、その日は休みが取れるのか、周りの状況次第ですね。全てが。だいたいこんなもんです。条件がたくさんあります。これらが揃わないと、楽しくない。

我々は、好きな事して、自由で良いね、と思われます。しかし、本当は自由でもなんでもない。何しろ、いろんな条件によって影響されています。これは決して自由でもなんでも無い。自分で選べないんですから。これが普通であると思います。

ならば、より自由を目指して、ひとつづつでも、条件を取り除いたら良いと思うのは、論理的であります。ところが、自然の中で遊ぶというのは、こちらでコントロールできないわけですから、その条件を取り除けない事になります。じゃあ、どうするか? 簡単でありますね、どうしようもできない事はそのまま受け入れるしか無い。そんなものと思うしかない。

風が無くて、嫌という気持ちがわいたとしたら、失敗ですね。風が無い? あっ、そう。じゃあこしようぐらいに気軽な気持ちでいないと、遊びに来たのか、イライラしにきたのか解りません。どうしようも無いものは、どうしようも無い。それでイラつくか、あっ、そう。というかですね。

ヨットはこんな楽しい事ありますよ。別荘にでも使えます。中でゆったり過ごせます。どこへでも行けますよ。いろいろ魅力が言われます。これは言うならば、悪魔の囁き。現実は、そういう事はあまりない。あるのは、自然とのふれあいです。そして、自然はこっちの思うとおりにはならない。

それで、やめてしまう人も居るかもしれません。業者がこんな事を言ってはいけないんでしょうが、これは事実です。それで、ヨットを本当に楽しむというのは、ここを越える事が必要かもしれません。どうにもならないものは、諦めて、できる事をする。そこにちっとも嫌な気分が起こらない。そうなれれば、ありとあらゆるヨットの面を楽しむ事ができるのではないかと思います。

まあ、これはあくまで理屈ですが、実際は、これは簡単では無い。チクショー、と思ってしまう。せっかく、ゲストを招待したのにとかです。でも、これでやめてしまえば、ここで終わりです。それで、これを乗り越えて、諦めの境地を得れば、ヨットの本当の姿を味わえる?気持ちはゆったりと。

嫌な気持ちをマイナスとしますと、諦めれば、マイナスは無くなる。そして良い時は、プラスです。
ですから、マイナスが無く、ゼロかプラスのみになります。結局、ヨット側は一切変わらないのに、人間側が、マイナスとかプラスと決めます。じゃあ、決めるのをやめてしまえば、それこそ、ヨットの真実が解る?

我々業者は、お客様の希望を少しでも叶えるのが仕事です。でも、何でもできますよと、夢をかきたてるのもひとつの方法でしょうが、でも、大抵は、何でもできますは、何にもできなくなる可能性が高いような気がします。このヨットはこれが得意です。他の事もできますが、得意はこれです。と言った方が、的が絞れる。

その絞った的に対して、求めはしますが、自然という気まぐれな遊び相手ですから、いつも良い時ばかりではありませんから、ならば、求めはしても、今日はどんなかな? 今日はどういう風に遊ばせてもらえるかな?受身の姿勢は、臨機応変でもあるような。そうなれば、自由が手に入る?

ヨットはゲームです。そのルールを決める権利はこちらには無い。自然がその都度、自然の勝手で決めます。でも、考えようです。今日のルールはどんなだろう?

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