第十七話 セールフィーリング

いつも言う事ですが、セーリングにはその時々のフィーリングを大事にしたい。同じセーリングでもレーサーはスピードを重視します。セーリングにおいてもスピードは重要ですが、5ノット、6ノットとスピードが上がる事実は興奮を覚えますが、大事な事はスピードが上がる、その時の自分のフィーリングである。そのフィーリングをスピードによって引き起こされているわけですが、自分のフィーリングに注目して、その自分の変化を大事にしたいと思います。

それはスピードのみならず、あらゆる場所にある事が解ります。舵を切る手に伝わる感触で、自分のフィーリングが変化します。セールトリミングで自分のフィーリングが変化します。これらは、ヨットの動きとは分離できないものかもしれません。ですから、技術を向上させる事は、ヨットの動きに影響を与え、それがひいては自分のフィーリングに反映します。

いろんなフィーリングに注意を払いますと、俗に言う快走のみがグッドフィーリングというわけでは無い事にも気付きます。風による作用にちょいと自分の操作を加え、それによって引き起こされるフィーリングは実にバラエティーに富んでいます。

技術や知識が向上しますと、その分、今までは気付かなかったフィーリングにも出会う事があります。細かな操作は面倒くさいと思われるかもしれませんが、それは見方を変えれば、その細かな操作による細かな変化が感じられるようになっているからではないでしょうか?違いが解るというのは、違うフィーリングがもたらされる。それが解るからこそ、操作をする。技術向上の目的はそんなところにもありそうです。

実際、ふっと加速した時、強風でも微妙なバランスが取れている時、操作で速くなった時、或いは変化と言っても良いと思いますが、そういう変化に気付く時、人は自然にそこに集中するようになる。そこの変化を見逃すまいとします。集中して、そこにまた変化がある時、それがまた面白さになっていくと思います。

ヨットが上手かろうが、下手だろうが、そんな事は何にも役に立ちません。でも、うまくなる事で、いろんなフィーリングに出会う事ができます。ただ走っているから、いかに走っているかに変わります。その事が集中力を呼び起こし、観察力を増幅させ、よってまた感じる力も鋭敏にさせていく。ですから、もっといろんなフィーリングを味わう事ができます。

セーリングが終わりますと、ほっと一息。緊張がほぐれ、その日の味わいが残ります。片付けて帰る前に、おいしいコーヒーを一杯。そんな気分になる事もありますね。セーリングには、瞬間瞬間の緊張と緩和があり、そしてその日全体でも緊張と緩和もあります。小さな波はたくさんあって、そして中には大きな波もあるでしょう。そしてその日一日の全体の波という、緊張と緩和があります。

セーリング中に、面白かったという時、それは大きな緊張とその後の緩和を味わった時ではないかと思います。ですから、面白いセーリングを演出するには、緊張感、集中力というものが要求される。そしてその為には、向上心とか冒険心とか、興味とか、そういう動機が必要でしょう。風が自動的に緊張感を引き起こす事もありますが、それ以外にも、うまくなりたいという動機が大きな原動力になると思います。その動機はいろんなフィーリングを味わいたい。そのフィーリングにこそ、セーリングでしか味わえない面白さがあるから。

その日によって、今日は徹底的にクローズを走ってみようとか、ランニングを走ってみようとか、何かテーマを自分で設けると、入りやすいかと思います。その時のヨットの動き、バランス、舵を持つ手等に集中してみましょう。ただ走っているだけじゃない。そこからいかなるフィーリングが得られるか、いかなる変化も見逃さないという集中力。

我々はいつも、良いと思うフィーリングのみを追い求めます。しかし、そうなりますと、良いばかりでは無く、悪いも同時に強調されてしまいます。良いか悪いかだけになってしまいます。そして、それ以外のフィーリングについては無視しがちになってしまいます。良いと悪いの両極の間に、実にたくさんのフィーリングがあり、それに気付く事がセーリングの面白さを見出す事ではないかと思います。

たくさんのフィーリングを味わい、それを受け入れる時、きっとセーリングの深さとフィーリングの豊かさの虜になるかもしれません。心の豊かさとは、ある特定の良いと言われるフィーリングばかりでは無く、たくさんのフィーリングを得て、それを良いと悪いに分離せずに、そのまま受け入れられる事、味わえる事ではないかと思います。それを総合して豊な心、フィーリングがたくさんある心です。たくさんのフィーリングを味わえるということは、そのままそれに応じた観察をしている事でもあります。本当に楽しむというのは、良く観察し、良く味わう事ではないでしょうか?

大きな変化は誰でも観察できます。でも、小さくなればなる程、気づかなくなります。そういう大雑把な観察では、どんどん刺激を大きくしていかざるを得無いことになります。しかし、観察さえすれば、変化がたくさんある事が解ります。そこに気付くと自分の観察力の鋭さ、感性の鋭敏さがもっと洗練されて、これこそ違いの解る人となるのではないか?

そんな味わいを持つ方が、ピクニックしたり、お茶したり、そういう時でも何か感じが違う。
余裕が感じられるようになると思います。自分で、余裕を感じる。違ったニュアンスを自分に感じるようになると思います。そこで、豊かなセールフィーリングを得る為に、鋭い観察力、つまり簡単に言えば、余計な事を考えずに、今ある状態を良く見ましょうという事です。もっと吹かないかな〜とか、逆に、収まってくれないかな〜とか、退屈だな〜とか、或いは仕事の事とか、セーリングしている時は、余計な事を考えずに、今ある状態をひたすら観察する事で、面白さの扉を開ける事ができるのではないかと思います。

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