第四十四話 常識的理屈  

様々なキール形状がありますが、重量を最下部に集中したバルブを持つキール等、いかに重心を下げる事が必要であるかを物語ります。キールを重くしますと重心は下がるわけですが、同時に全体重量が増える。それで、同じ重量だとしても、重量が最下部に集まっていた方が良い。特にセーリングを意識する軽目のヨットには、そういうキールが設置されています。

また、キールの前後幅も影響します。ロングキールのように、前後に長いキールですと、吃水は浅くなり、波叩きも柔らかい。しかし、舵効きにおいては、長いキールが舵だと考えるなら、直進性は良いでしょうが、舵効きは鈍い。しかし、これは長距離の旅が主体ですから、舵効きはそう鋭敏性を求めるわけではありません。逆に、前後幅が短い場合は、舵効きは良くなります。それに設計さえ良ければ、直進性も良い。

キールは、空中のセールと同じように、水中のセールみたいなもんで、何も復元性だけがその役目ではありません。空気の800倍もの密度を持つ水を流して走るわけですから、非常に影響力は大きくなります。水がキールの最前部に当たって、きれいに流れていくようにしなければなりません。という事は、キール前部が汚れて、フジツボが付着していたりしますと非常にセーリングに影響を与えます。これがたまにしか乗らないなら解らないかもしれませんが、しょっちゅう乗りますと、その違いがすぐに解ります。ですから、キールは大事なものですね。空気でも、海水でも、きれいに流れる事が大事になります。

ブレーキをかけない。船底はできるだけきれいに、そして舵を切る事も水の流れを変えるわけですから、ブレーキにもなります。という事はできるだけ舵は切らない方が良いという事にもなります。
できるだけ舵は切らないで、それでも自分が思った方向に自由に走れる事が必要になる。と言う事は舵は切るが最低限に、大きく切るとブレーキも大きくなる。

こういう常識でちょっと考えても解る理屈が、そこかしこにあるわけで、操作の仕方を鵜呑みにする事無く、こういう基本的な理屈を考えていきますと、案外、難しそうだったヨットも、だんだん解ってきます。

セールにカーブを付けたり、ドラフトの深さやその前後位置、リーチをツイストさせたり、そういう事も、ちょっと考えてみると、なるほどと思われる事がたくさんあります。本で読んだり、人に聞いたりした事を是非一度じっくり頭の中で想像しながら、考えてみますと、何故そうするのかが、少しづつ理解できますし、自分で考えて理解した理屈は、身に着きやすいものです。納得する事が大事かと思います。

それで、また疑問がわいてきます。また、人に尋ねます。そしてまた考える。何故そうなのか?こういう事を積み重ねていきますと、相当詳しくなりますね。それも理論的に自分が納得していますと、人に話す時も説得力が違います。

ヨットはハイテク素材はありますが、操船においては、見て解る事ばかりです。もちろん、走る状態の観察は難しいのですが、でも、操船という面においては、目で追っていけば、どこがどうなるというのが解ります。それと、自分で理論的に納得した事とを兼ね合わせて考えれば、どうすべきかはわかる。

ただ、難しいのは、どの程度調整すべきかという事になります。それは帆走の状態観察との兼ね合いになって、これが最も難しいという事になるでしょう。これは長い経験が必要です。ですから、何年も何十年もやっていける。

従って、セーリングの第一段階は、とりあえず動かせるようになる事。それができたら、何故そういう操作をするのかも今度は頭脳で良く理解する事。風の強さ、方向に対してのセールはどうあるべきか、舵はどうあるべきか等々を頭で理解する事。そして三段階目は、帆走で観察した事、感じた事に対応する操船という事になると思います。これが最も難しい。

セーリングというのは、極めて知的なスポーツであり、観察力を要し、感じる力も要する。大きな変化から、微妙な変化まで観察できて、感じれる事が要求されます。それに対応する操作が必要になりますが、それがヨットの面白さだろうと思います。違いが解る男になればなる程、面白さが増してくる。

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