第一話 特殊技能

セーリング技術というのは、かなり特殊な技能でありまして、殆どの方々には一生無関係なものです。その特殊技能を持っているからと言って、一般に見せつける事も無いし、自慢しても相手は理解しないだろうし、満足感というのは、自分の中でのフィーリングという事になると思います。たまには、友人を乗せる事もあるでしょうが、でも、多くの場合、起こっている事は自分の中での事で、まあ、かなり特殊な世界という事になるかもしれません。

ヨットという世界が広がって、乗らないにしても、一般的に広がりを見せないと、特殊な世界はいつまでも特殊であり続けます。しかしながら、どういうわけか、そういう世界に足を踏み入れてしまったわけで、特殊技能を得たわけで、パイオニアというのは、えてしてそういうもんでしょう。日本でヨットで遊んでいる方々は、皆さんパイオニアです。日本のヨット界の推進役です。特殊が特殊で無くなった時にしか、パイオニアの存在は解らない。でも、間違い無くパイオニア的存在かと思います。

ヨットはお金さえあれば誰でもできるのか?と言いますと、そうもいきません。海で遊ぶならボートの方がはるかに簡単です。それに対して、ヨットという奴は、小難しい理屈をこねる。かなりインテリの遊びだと思いますね。頭を使わないと遊べません。また、感性豊かで無いと面白みが解らない。セーリングに面白みを見出す事は、特殊な技能と鋭い感性を要するのかもしれません。

そういう遊びをしながら、いつもいつも最高を味わえるわけでも無く、場合によってはスリルを通り越して、恐怖にまで達する事もあるわけで、大金はたいてそういう事を味わうのですから、これが一般的になり得るのかと考えますと、なかなか難しいのかもしれません。

ヨットは自己管理と自己責任の世界です。海に出てしまえば、身を守るのは自分自身です。そういう意味では、欧米のスタイルにピッタリかと思います。昔から、個を重んじられます。一方、日本もそういう自己責任の社会になりつつあります。自分で自分のスタイルを見つけ出して、政府管理は少なく。自分で切り開いていく。そう考えだすと、いろんな管理があるとうっとしくなります。

日本には世界には無いルールがあって、免許しかり、ヨットの検査しかり、しかも、安全備品は何と何を揃えろ、3年に1回の検査があって云々。確かに無意味な部分もある。でも、おかみの指示であります。変だとは感じながら、何か事がおきるとおかみのせいにしたりもします。我々がおかみに頼るうちは、なかなかヨットという特殊なものが、一般にまでは及ばないのかもしれません。
安全備品なんてのは、おかみが言うからでは無く、我々自身が、自分の安全を考えて、何が必要と考えるようになる。自己責任です。この考え方が一般社会に及びますと、自己責任という考え方が一般的になり、そうなると、ヨットというものに対しての考え方も変わるような気もします。おかみの指示に従っていれば安全が確保されるとは、誰も思わないが、でも、やはりいざという時はおかみに文句を言う。そういう事が無くなった時は、自己責任が確立され、ヨットも自分の判断が要求される。その代わり、自由であり、変な規則は無くなり、やっと大人扱いになる。個人が確立される。

セーリングというのは、頭脳と感性と、大人としての判断というか、個人の確立というのが必要なのかもしれません。こういうのは、他にはなかなか無い。そこに特殊技能をもって臨むわけですから、簡単に広がりはしない。でも、一旦、そこに達しえたならば、個としての存在が確立されたならば、これほど面白い事は無いのかもしれません。全ての面白さ、全てのリスク、全ては自分の手中にある。全てを自己責任で、というのはかなりしんどい事かもしれません。規則があれば、不平を言いながらも従ってさえいれば、いくらかは楽なものです。でも、セーリングは海に出れば、やっぱり自己責任になってしまう。自分がキャプテン、王様であります。王様になったら、全責任を取らなければなりませんが、それに代わる面白さがある。実に大人の遊びであります。自分の特殊技能のみならず、自分の判断も要求されます。それらを遊ぶ事になります。パイオニア精神が無ければ、ヨットは遊べないのかもしれません。逆に、自分で切り開いていこうとされる方には、実に面白いのかもしれません。

特殊技能とか何とか言っても、問題は技能では無く、パイオニア精神なのかもしれませんね。それさえあれば、ちょっとでもあれば、切り開いて行ける。ちょっとで良い。セーリング技術なんてのは、やってれば、誰でも、そのうち習得できる。難しさは問題じゃない。パイオニア精神がほんの少しでもあれば、難しさは面白さに変っていく。セーリングは大人の遊びですね。まして、シングルで乗るなんてのは、技術的にできるかどうかの問題では無く、精神の問題かもしれません。 

次へ       目次へ