第十五話 ハードル

面白そうだ、楽しそうだと思って購入したヨット。でも、このヨットを本当に楽しみ、自分の物にするには、あるハードルを越える必要がある。何故かと言いますと、ヨットがオーナーを楽しませてくれるわけでは無いからだと思います。我々が遊ぶ時、たいていは接待の中にいます。飲みに行けば、おネエちゃんが接待してくれます。ホテルに行っても、レストランでも、遊園地でも同じです。向こうが、楽しませようと努力してくれます。ですから、自分は何も考えなくても楽しいわけです。テレビだって、毎日、誰かが番組を企画し、提供してくれます。それで楽しみとは、誰かが接待してくれる受動的な楽しみという事に慣れてしまった。

そして、接待する側は、楽しいばかりじゃありませんね。お客様を楽しませる為にいろいろ工夫を凝らす。苦労する事もあるでしょうし、せっかくの接待がうまく行かない事もある。ヨットを始めようと思った時、あまりそういう事を考える方はおられないと思いますが、自分でヨットという手段を使って、自分を接待する事になる。接待される自分は良いが、接待する自分は時には楽ではない事もある。でも、自分を知っている自分が自分を接待するわけですから、うまくいけば最高の接待ができ、最高に楽しむ事ができます。これは誰かに接待されるのとは、雲泥違いです。楽しいだけじゃなく、面白いのです。

昔は、子供達はみんなそうやって遊んでました。自分でおもちゃを作り、自分達でルールを作り、自分達で遊ぶ。それが、うまくいかない時でも、今度は勝ってにルール変えたり、いろいろ臨機応変に遊ぶ事ができた。

釣りをしている人を見ますと、いろいろ仕掛けを変えたり、ポイントを変えたりしながら工夫をしています。それは自分を接待する為の努力でしょう。なかには釣れないにも拘わらず、同じ事を延々と続けている人も居る。まあ、これも海や魚側に変化がおきて、そのうち釣れる事もあるかもしれませんが、何故釣れたか解らないので、次に来た時も同じ事をして、そのうち釣れないのに飽きてくる。

ヨットも全く同じで、たまたま良い風が吹いてきた時だけ、気分良くなる。というチャンスはそうめったには無いので、そううち飽きてくる。良い風を求めるか、何か違う接待の工夫をしていく必要があります。自分を楽しませる為にです。釣り人が仕掛けを変えるように、ポイントを変えるように、それに相当する何か遊びの工夫が必要になります。

最も簡単な工夫は友人を誘う事です。友人を楽しませるのでは無く、実は、自分がその方が楽しいからであります。それがいけないと言っているのではありません。良いんです。ただ、そればかりでは、自分の楽しさは友人が握る事になります。それは家族でも、おねえさんでも同じ。自分が何にも頼らずに、自分で自分を接待できるようになれば、こっちのもの。それには、それなりの工夫が必要になる。どうやったら、自分を接待できるか、何が面白いのか、そこを見出す必要があります。これがハードルであります。

このハードルを一旦越えますと、後は自由自在でしょう。何が面白いか分かっています。ですから、ゲストを招待した時でも、気持ちに余裕がある。心が自由になっている。そのハードルは、多分、いろんな事をしている時に、自分が何を感じているかを観察する事でわかるような気がします。こんな場面で、瞬間面白さを感じたとかです。辛さを感じたとかです。考える事は誰でもしますが、感じる事を知る事は大事な事かと思います。ひょっとしたら、何をするかよりも大切かもしれません?

人はいろんな事で面白さを感じます。他人から見ればつまらん事でも、本人にとっては面白くてたまらない。ヨットは100%遊びですから、そういうオーナーの心躍る何かが無いと、10年も20年もやれるものではない。それを家族の接待と考えるから間違ってしまいます。家族を愛し、自分はどうであろうと、家族さえ楽しければ、それで良いと思うなら別ですが、でも、その家族はヨットはご主人が好きで買ったものと思うでしょう。家族に責任は無い。家族思いも良いのですが、買ったからには、家族はオーナーに楽しんでもらいたいと思っているはずです。そして、ちょこっとだけ、その楽しさを分けてもらいたいと思う。ちょこっとだけです。オーナーが楽しんでいないなら、家族はヨットは不要と考える。

是非、自分のハードルを見つけて、自分の接待方法を考えて頂きたいと思います。そして、その結果、誰かと乗るのが好きなら、片っ端から誘いましょう。友人、奥さん、子供、マリーナを歩いている暇そうな人、彼女、彼氏? 或いは、インターネットで乗りたい人募集しても良い。マリーナのヨット仲間でも良い。誰か居るもんです。一旦乗せたら、その人のつながりで、もっと誘う事ができる人が増える。

旅がしたいと考えたらなら、ロングにはなかなか行けないとしても、ショートでも良いから旅をする事です。週末、連休がある時、ちょっとした旅を計画して、その旅を満喫する事を考える。レースがしたい人はレースに出る。最初はクルーになっても良い。マリーナで声をかえれば、初心者でも結構乗せてくれます。そして、自分のヨットでレースに出て見れば良い。レース以外は練習すると良い。
もし、それでも何か躊躇するものがある時、その欲望は弱い、躊躇する原因の方が強いという事ですから、本心の欲するところではないかもしれません。人はしたい事をするもんですが、その反面、した事をして何かの恐れがある時、その恐れが強いとしない。これもやっぱりしたい事をしている。恐れというしたい事をしていることになる。

一般的に何がしたいか解らない時、強烈な欲望が無い時、他人と同じである事に安心感を覚えます。しかし、一時はそれで良いですが、何年も何年も同じ状態では居られない。そういう時、ハードルが見えてくる。俺の楽しさはどこにあるのか?何故ヨットやってんのか?そうなると見栄もへったくれも無い。今度こそは好きな事ができる。ヨットは仕事じゃ無いんですから、簡単に、その気になれば、シフトしていける。そして、見つけた楽しさも時とともに変わっていく事もある。それで良い。永遠なんてのはありえませんから。未来の事まで考えていたら、あっという間に年取って乗れなくなるかも?今感じた楽しさを今するのが良い。大きくできなければ、小さくからでもはじめたら良いと思います。どうせ死んじゃったら、全ては無くなるもんですから。でも、死ぬ間際まで、感じたフィーリングは残ってますね。ヨットも手放し、全てを手放しますが、感じた気分だけは無くならない。死んだ後は知りませんが。

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