第三十六話 乗り物としてのヨット

ヨットをどう見るかで、その使い方は違ってきます。それは空間を見るか、或いは乗り物として見るかの違いになろうかと思います。どうやって過ごすかと、どうやって走らせるかの違いです。根本が違う。もちろん、どちらか片方の使い方しかしないという事ではありません。その両方を使うわけですが、それでも、どちらに主眼を置くかで全く違う物になってしまいます。

空間を主体にしたら、走る方が性能的に減じられる。それは速い、遅いだけの問題ではありません。逆に、走る方を主体にしたら、空間を犠牲にします。この二つは相反する要素です。そういう意味でヨットは、このふたつの妥協点を見出した妥協の産物と言えます。ですから、いかに高級艇であろうとも、完全は無い事になります。

空間を重視したからと言って、マストやセールは要らないという人は居ません。逆に、セーリングを主体にした場合でも、キャビン不要という方は殆ど居ないでしょう。じゃあ、どこで妥協するかです。
私はデイセーラー推進者ですから、セーリング主体となる事は言うまでもありませんが、必ずしも皆が同じ意見ではありませんので、お客様の意見も聞きます。しかし、それでも、セーリング自体の面白さこそが、ヨットの持ち味だろうと思いますので、セーリングがどうでも良いような、あまり重視していないヨットの取り扱いはしていません。

キャビンに重要なのは空間です。セーリングに重要なのは何か?マストとセール?否、船体ではないかと思います。キャビンに入れば、役に立つのは船体では無く、船体が作り出す空間にあります。そして、セーリングでは空間よりも船体そのものになる。船体はマストを支え、セールを支えています。セールが受けるパワーを推進力に変えるのが船体です。従って、船体の強さ、剛性の高さ、船型デザイン、これらがそのヨットの性格を決定する。だから、造船所は船体しか造らない。造船所間の違いは船体しか無い。マストもセールも、ウィンチも、デッキ艤装はみんな、他の会社が作った製品です。多少の品質の違いはありますが、船体程は違わない。従って、ヨットを選ぶというのは、船体を選ぶ事になります。

船体を見れば、空間を重視しているのか船体を重視しているのかが解ります。しかし、難しいのは
ヨットは妥協の産物ですから、どの辺りに妥協点があるかという事です。その反映がマストにもセールにも、いろんな所に反映しています。ロングキールのヨットには太いマストがついているでしょう、マストの高さも低い。レーサーには細めのマストで高い。また、何でも標準でついているというのは良いようですが、値段が高いヨットになりますと、オプションが多くなる。日本人の感覚からすると
高いヨットの方がフル装備でなければと思いがちですが、反対です。何故なら、オーナーの選択の余地が残されるという事になります。そういう対応は非常に面倒な事です。選択の余地が無い方が造船所にとって楽なのです。かつて、アレリオンは何もついていませんでした。エンジンもセールもオプションだったのです。さすがに現在はエンジンは標準になりましたが、セールはオプションなんです。ただ、日本のマーケットに合わせる意味で、日本仕様としてはセールを標準にしていますが。セーバー社のヨットもセールはオプションです。何故、こうするかと言いますと、オーナーが好みのセールを作る事ができるからです。いろんなセールメーカーがあり、いろんなセール生地があり、いろんなセールカットがある。

空間と船体の妥協点、空間側にずっと寄れば、それはより快適なキャビン空間をもたらし、船体側に寄れば寄る程、走って面白いヨットになっていく。でも、帆走側に寄りますと、高価になっていくんですね。だから、キャビンヨットが多くなるのは仕方ないかもしれません。でも、予算が許すなら、セーリング側ににじり寄っていただきたい。ヨットは走っている時が最も美しいし、最も面白いし、この感覚はヨット以外では味わえない感覚だからです。ヨットは乗り物なのです。ヨットに必要なのは、美しさと帆走フィーリングかと思うのですが。

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