第二十八話 ヨットが作り出す世界

世界にはたくさんのヨットがありますが、それぞれのヨットがそのヨットの作り出す世界を持っていると思います。その世界はデザイナーと造船所が形にする前に、頭の中で描いていた世界でしょうから、ヨットという形を通して、その世界を提供する事になると思います。

デイセーラーはヨット遊びの基本だと思っています。ですから、デイセーラーに力を入れていますが、同じデイセーラーでも、はやりデザイナーと造船所が違えば、その世界も違ってきます。

ノルディクフォーク25というヨットは小さなサイズではありますが、これで外洋の実績があり、世界一周をした豪傑の女性までいます。という事は、このヨットは極めて時化に強い特性がり、デイセーリングというジャンルであっても、ワイルドなイメージがあります。つまり、少々の時化でも充分に安全に走りきれるタフさがあります。それを支えているのが、船体の頑丈であったり、重心の低さであったりするわけです。このヨットはデイセーリング、しかもタフでワイルドなヨットです。それでいて、クラシックな美しいデザインです。

さて、アメリカを代表するデイセーラーはもちろんアレリオンですが、洗練されたデザイン、都会的であり、もっと帆走性能を高めたヨットです。ワイルドさというより、スマートさという言葉の方が似合うでしょう。

さて、イタリアのコマー社のヨット、これは外洋艇です。しかしながら、我々がイメージするタフなイメージというより、都会的なセンス、デザイン、これらはイタリアらしいデザインですが、デザイナーが描きたかったコンセプトは外洋をクルージングして回るというより、セーリングを楽しむというところにあります。帆走している時が最も輝くヨットです。ですから、今日の多くのヨットがキャビン優先にしてきたのに対し、セーリングをないがしろにせず、帆走自体を楽しむという所からデザインが成されています。ですから、外洋も走れますが、最も似合うのは、帆走です。イタリアのトラディショナルデザイン、エレガントな姿が、いかに美しく帆走しているか、そういう世界です。クルージングをスポーツするヨットです。

アメリカのセーバー社は昔から外洋艇を専門に建造してきました。このデザイナーが作り出す世界は外洋そのものです。タフな船体、頑丈な造り、世界を回れるヨットとしてのイメージです。前記しましたコマー社のコメットシリーズよりも、外洋色は強いです。但し、帆走という事を考えた時、ある程度の帆走性能を持つ事は1日に走る距離が随分違ってきます。つまり、外洋艇をイメージし、その中でも帆走をある程度高める事によって、行動範囲を広げる。そして、この事が日常での乗り易さを実現しています。コマー社とセーバー社とでは、見た目のデザインは全く違いますが、同じ世界を共有しているところがあり、その中で、コマー社のヨットはセーリングより、セーバー社はクルージング寄りという事ができると思います。

最後に、オランダのマリーホルムのヨットがありますが、これはロングキールを持った外洋艇です。波あたりの柔らかさは抜群で、長期航海に向いており、復元性消失角度も180度と、驚異的です。そして、このヨットはセルフタッキングジブを標準としています。シングルなども考えた、外洋艇といえるかもしれません。もちろん、ジェノアにしても良いわけです。

ヨットの持つ世界、それはそのデザイナーが何をイメージしているかにかかってきます。それと、それを建造する造船所です。造船所の持つイメージも影響します。造船所はデザイナーの通りのイメージを建造するとは限らないのです。その総合の描かれたイメージを良く理解し、そのヨットが提供できる世界を、いかに楽しめるか、その中心となる世界が合う方が、使う側としては最も使い易いし、面白いし、他のヨットでは味わえない世界、何も目に見える装備だけに限らず、目に見えない感触、フィーリング、そういう味わいを楽しむ事ができるだろうと思います。

是非、そのヨットはどんなイメージで建造されたのかを想像してください。同じデイセーリングをするにしても、デイセーラーのセーリングと外洋艇のセーリングとでは、世界は違ってきます。どちらも可能ですが、作る世界は違います。できるから、それで良いのとは違います。何が違うか、最も大切な感覚の違いになってくると思います。その感覚は面白い感覚ですから、面白さの違いです。つまりどんな面白さを味わいたいかが、遊びとしては重要ではないかと思います。車は走れば良いというものではありません。ヨットも帆走できれば良いというだけでは面白さは違ってきます。

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