第七十八話 ヨット、今昔

ヨットの乗り方は二極化してきているように思います。世界を回る人はたくさん居ます。3周回った、母国を出て10年になる、そんな人達も珍しくは無い。しかし、多いと言っても日本に比べて多いんであって、欧米でもやっぱり彼らはマイナーなグループだろうと思います。

セーリングを面白がってる人達がたくさん居ます。それは外洋で無くても、レースでなくてもです。彼らは、セーリングを遊ぶ為に、できるだけ不要な荷物は積まないで、シンプルにセーリングを楽しんでいる。一方、キャビンを楽しむ人達は、これでもかと私物を積み込んで、より快適空間を演出する。セーリングする人と、セーリングしない人、或いは、少ししかしない人、彼らの差は歴然で、そして数という面で見れば、キャビン派が多い事は間違い無い。何故なら、大量生産艇のターゲットは彼らだからです。

でも、欧米のようにヨット人口が多ければ、割合的にパーセンテージが少ないとしても、絶対数として相当居るわけです。彼らは、世界を旅し、セーリングを遊ぶ。そのまた少数がスーパーヨットに行くわけです。10年も前ですが、スーパーヨット(メガヨット)と称するヨットが、世界には毎月1艇は進水していると聞きます。

キャビンヨットは大量生産の造船所の独占のようなものです。それで、周辺の小さな造船所はそれ以外を目指す。昔の通り、クラシックデザインのヨットを木造で建造する造船所も健在です。外洋専門の造船所もたくさんある。いろんなタイプ、コンセプトがある。それはつまり、そういう需要もあるという事になります。

外洋艇においても、フィンキールになり、でも少し船底勾配をつけてある。幅も少し広くはなった。重量も昔のように重くは無い。重量に関しては、木造からFRPになり、今はサンドイッチ構造が多い。FRPの層の間にコア材を入れる。そのコア材はバルサ(木)、化学製品としてはデビニセル、エアーレックスなど。それらは非常に軽い。それを間に挟む事によって、ハルに厚みをつける。ヨットの空間が大きくなればなる程、剛性を高めないとねじれてしまいます。それで、厚みをつける。重量が重くならないようにして、厚くするわけです。それにも進化があって、最初は剥離の問題もあった。今は、たいていはバキュームバッグ方式を使っています。それは例えば、布団などをビニール袋に入れて、中の空気を掃除機で吸い取る。そうしますと、布団はぺっちゃんこ。これと同じ原理です。真空にする事によて、大気の力で圧をかける。そうやって接着を良くする。大気圧は非常に大きな力なんです。

また、木造も見直されてきています。強い割に軽い。でも、昔の工法ではありません。ウエスト工法と呼ばれ、エポキシ樹脂を浸透させます。それによって、メインテナンスは昔の木造船のそれとは違います。そして、表面に薄くグラスを積層する。このグラスはこの場合、見た目の事であって、無くても良いと聞きます。木造の強さ、振動吸収、それにモールドが不要なので、カスタム建造です。
メガヨットでも木造にする人も居る。ヨットの方はご存知無いと思いますが、カジキ釣りなんかに使うスポーツフィッシャーマンと呼ばれるボートの造船所にライボビッチという造船所があります。その世界では超有名な高級艇ですが、全部木造です。アメリカでの話ですが、ライボビッチのボートを発注して5年もかかったと、自慢気でしたね。その美しさは天下一品です。日本でもつい最近、ウッドでスポーツフィッシャーマンを造ってもらった人が居ます。バイオリン造りの方と聞いてます。

ちょっと余談になってしまいましたが、デザインにも素材にも変化がある。ウッドよりFRPと思っていたら、今度はウッドが見直されてきた。カーボンヨットも出てきました。素材はどんどん進化しています。それは素材はヨットに使う為に開発されているわけでは無く、一般社会で開発され、それがヨットにも使われるという事になります。

今はコンピューターで設計する時代です。もう完璧なヨットができそうな気もします。ところがどっこい、ヨットを使うのは機械じゃない。人間です。人間の考え方次第で、良し悪しが決まる。良い物も、別の角度で見ると悪くなる。そういうあいまいさが人間ですから、人間が使う限り、完全は無い。

さて、その後の変遷は、言うまでもありませんね。デイセーリングの台頭です。それもシングルハンドを容易にしたコンセプトです。今までの流れを見ていきますと、当然かなと思います。遅いぐらいです。もちろん、これまでもシングルでデイセーリングを楽しんでいた人は一杯居たと思います。しかし、ヨットはそれ用に開発されたものでは無かった。オーナーがそういう使い方をしていただけです。でも、たくさんのオーナー達が高齢になり、ビッグボートから降りた。それで、そういう需要が高まってきたのだろうと思います。それで、そういうヨットが開発されてきた。それを見た人達が、これは良いと飛びついて行った。何が良いのか?

まずは美しい事、それから気軽に一人でも出せる事、帆走自体が、ハッスルしなくても面白く遊べる事、もはや、荒波を乗り越えてなんて考えていない。もっと気軽に、もっと面白く、それがテーマです。

今後は、便利さを徹底的に追求していくヨットと、シンプルに、でも美しくセーリングを堪能したい派とがもっと分かれていくのではないかと思います。それは、最初にオランダが英国にヨットを建造しておくったように、社交性ヨットとスポーツヨットのふたつです。社交性はもっと快適に、スポーツヨットは、でも速さばかりの追及ではありません。美しさと、手軽さ、そして何よりセーリング重視です。
おっと、それに忘れてはなりません。外洋ヨットです。

社交ヨットと外洋ヨットは今までもありました。これに新しく食い込んできたのが、デイセーリングヨットです。かつて、ヨットは外洋性があるべきだと考えていました。でも、実際は近場のセーリングの方が割合としては多かったのではないかと思います。これが進むと、何も外洋性無くても良いじゃないかとなり、そういうヨットが出てくる。それと同じで、社交ヨットが良いと思われる今の時代、実際は社交に使う頻度は少なかったとしたら、今まで犠牲にしてきた、セーリング、気軽なセーリングができる方が良いじゃないかとなる。それにどこかに行くたって、そう遠くへまでは行かないとしたら、そういう考え方でデイセーラーが出てきたのではないかと思います。その方が現代日本人には合うと思いますね。割り切れれば、ヨットは気持ち的に軽やかになります。軽やかになれば、その分気軽にセーリングを楽しむ事ができるようになる。

次へ       目次へ