第六十話 面白いのは不便なり

何故面白いかと言うと、その絞り込んだ焦点において、絞り込んだが故に卓越しているからにほかならない。そして、そういう物は、他の点において不便でもある。フェラーリが5人乗りじゃ面白く無いんです。もしそんなフェラーリを造ったら、誰が買うでしょう。でも、家にフェラーリでは無いにしろ、スポーツカーが一台しかなかったら、これは家族は乗れません。いかにも不便です。いざという時に使えないかもしれない。だからセダンを買う。ワンボックスを買う。でも、一番面白いのは、最も感性を揺さぶるのはフェラーリなのです。もちろん、フェラーリというのは、ここではひとつの例ですが。

オールマイティーでは無いけれども、ある点においては他よりも遥かに優れている。そういう物が面白いに決まってます。でも、それらは不便なのです。さあ、ここでどうするかです。車のように2台、3台持てるなら、何ら問題は無いわけですが、どれかひとつに絞るとすると、さて、どうしたもんか。最近の車の性能が上がってきたとはいえ、それでも、上には上がある。フェラーリには勝てない。それで良いなら、満足なら、それで良い。どこをどれだけ楽しむかは、人によります。いろんな考え方がありますから、どれが上でも下でも無い事は明らかです。

誰でも、面白い事には夢中になり、それに関する事は何でも知りたくなります。そして、もっともっと追求したくなります。それは努力でもなく、頑張ってるわけでもなく、ただ、そうしたいからやってるだけです。つまり、面白いと感じるかどうか、何を面白いと感じるかです。ならば、ヨットの何が面白いのかですが、あるいは、たいして面白くも無いのかです。ヨットは面白いのか、面白く無いのか、あるいはそのどちらでも無いのか。面白く無い人はヨットやめるでしょうから、面白いか、どちらでも無いかになります。どちらでも無い場合は、そこそこ使えれば良い。とりあえず使えれば良い。そんなもんだと思います。

先日、釣りに久しぶりに行きました。竿に伝わるあの感触、これが釣りの醍醐味でしょう。釣りの目的は釣る事です。非常に明確です。釣れれば、大小の差はあれ、あの竿に伝わる感触を誰でも味わう事になります。その感触がみんなを釣りの世界に引き込んで行きます。それ程、強烈であり、鮮明な感触、普通では味わえない世界です。それが、比較的簡単に味わう事ができる。これが釣り人口が増える理由だろうし、魔性の遊びなのです。

その点、ヨットでは、これ程強烈で、明確な感触を得る事がなかなか難しい。乗れば誰でも、そういう感触を味わう事ができるなら、日本は既にヨット天国になっているはずです。でも、一度や二度のったぐらいでは、そうな感触を得る事はできない。せいぜい、爽やかとか、優雅とか、そのあたりです。これがヨットを解りにくいものにしています。ここが難しいところです。爽やかとか、優雅程度では夢中になれません。しかし、それを得るにはもっと、何度も乗っていかないと経験できない。何度も乗ろうとする動機には、面白いという感触を少しでも得なければできません。

焦点を絞ったヨット、そういうセーリングが面白いヨットというのは、その感触を得易いヨットだと思います。スポーツカーと同じです。そういうヨットに乗ると、面白いという感覚が沸いて来ます。将来どんなヨットに乗るかは別としても、まずは最初にそういう面白いヨットに乗って、この感触を味わってもらいたいし、一旦は別のヨットにのったとしても、最後はまた、こういうセーリングヨットに乗りたくなるでしょう。何故なら、その感覚を体が知っているからです。そして、そこが最も面白いと知っているからです。旅も良い、温泉も良い、夏の夜空をコクピットで楽しむのも良い。でも、セーリングの何とも言えない感覚はセーリングでしか味わえない。最後はここです。これにはいくらお金を積んでも味わえません。実行した者だけが知る世界です。

私はヨットはうまくないし、日本一周もした事が無い。でも、この感触は得たと思ってます。そして、考えてみれば、これは誰にでもできる事であるという事です。それには焦点を絞ったヨット、そういうコンセプトを持ったヨットがやりやすい。それを気軽に、目の前の海で、何度も乗ります。釣りをしている時のように、神経を集中させます。そうすると、やってくる。釣りは、神経を集中させてますから、あの感触が得られます。浮きがぴくっと動いたあの驚き、その後やってくる、あの力強い引き、そこにみんな魅了されてしまう。ヨットも同じように、神経を集中させて、走ってみます。すると、微妙な動きが感じられるようになる。そうして走っていると、いつか、あの力強い引きのような、感触が訪れる。つまり、普段、酒飲んで、酔っ払って、おしゃべりしてたんじゃ解らない。釣りをしている時のように、浮きに神経を集中させるように、ヨットに神経を集中させておかなければなりません。
それができるか? 釣りでできるのに、ヨットでできないはずは無い。

何をするにしてもみんな同じなんですね。面白い感触を得たかったら、それなりの事をしなければなりません。した人だけが、味わえるようになってます。でも、一旦、これをやると、普通の事になります。釣りに行った時、子供も一緒でした。生まれて初めてやる釣り、でも、小学生の子供が、神経集中させて、黙ったまま、2時間も過ごす。そんな事が簡単にできるんですね。面白いというのは
人を変えてしまいます小学生を、2時間も同じ場所にじっと座らせておくんですから。

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