第九十八話 見えないところに価値がある。

昨今、品質という点は軽んじられてきています。でも、品質は見た目の派手さでは無く、パフォーマンスにあらわれます。ヨットが飾り物なら、パフォーマンスは関係無いかもしれませんが、それが乗り物である限り、パフォーマンスこそが重要な要素だと思います。

パフォーマンスというのは速さを意味するとは限りません。そのヨットが走る、どのように走るか、その全体を意味します。車も同じです。例え、ゆっくりしたスピードであっても、しっかりした造りの車はやはりどこか違うものです。その目に見えないフィーリングを価値と見るか、無価値と見るかはそれぞれの自由ですが、ここにこそ本物であるか否かの違いが出てくると思います。

同じFRPならみんな一緒かというと、これは全く違います。それは誰が造るかの違いです。熟練の職人は伊達に長い事、それで飯食ってきたわけではありません。そういう彼らがグラスを積層する時、脱泡の技術、適量樹脂(樹脂は多すぎても、少なすぎてもいけません)そういう完成度が異なります。同じ素材、同じモールドを使っても、出来上がる物は似て非なる物です。職人の思いが込められています。そういう職人を雇う造船所も、そういう同じ意識があります。例えば、モールドです。
モールドにも良い悪いがある。ひとつのモールドから数多くの船体を積層しますが、宜しく無いものはすぐにひずみが出てくる。それに積層後、すぐにモールドをはずすとひずみが出る可能性もあります。まだしっかり固まっていないわけです。それで、モールドに入れたまま、内装なんかを造ります。

こうやって造られた船体はしっかりしてます。これから先、何十年と波にもまれ、マストのリギンで引っ張られ続ける船体、それに耐えうる船体である事はもちろん、パフォーマンスにおいてもしっかりしているわけです。それが帆走において、どんな感じを与えてくれるか。ここが大切なところではないかと思います。

実は造船所は船体しか作っていない。マストはマストメーカーから供給され、ウィンチも電気製品も艤装品も全ては各メーカーからの供給です。そして、艤装品は交換できますが、船体は交換する事はできません。このヨットの寿命まで使う事になります。ですから最も大切なのが船体です。

その用途を果たせば良いというのであれば、何でも良い。でも、そこから得られる見えない感覚はオーナーに安心感を、心地良いドライブ感を、与えてくれます。見えないものこそ重要なのです。

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