第二十一話 金に糸目はつけない時

皆さんが宝くじに当ったか、遺産でも受け取ったと想像してみて下さい。そういう時、
どんなヨットを買うでしょうか。大抵の方が大きなヨット、高級ヨット、例えば、スワン
とかヒンクリーとか、或いは当社扱いのアルデンヨットとか、そういうヨットを考えられる
かもしれませんね。でも、ちょっと考えて頂きたい。もちろん、想像の話を考えるのでは
無く、考え方の問題です。

確かに、スワンやヒンクリーは素晴らしい。でもですね、誰でも、こういうヨットを持った
からと言って、そこから素晴らしい体験が生まれるとは限らないと思うのです。もちろん
全ての人に言っているわけではありません。つまり、誰にでも、大型艇が必ずしも良い
とは限らないと思います。。ヨットは大きい方が良いと言います。確かに、ある面では
その通り、でも、マイナスになる部分もあると思うのです。

豪華なヨット、エアコン付き、ファーラー付き、等々、良いなと思います。装備さえ整えば
大型でも乗りやすくなる事も事実です。しかし、そこから得られる物もありますが、逆に
そこから奪われる物もある。それは気軽さです。自分がヨットに乗れる状況を考えて、そ
してどんな乗り方をしたいかによって、大型が良かったり、どんなに予算があろうとも、
小型の方が良かったりすると思います。

いつでもクルーが来てくれる。或いは、奥さんと二人、或いは殆どはシングルにならざる
を得ないか、奥さんがヨットに来ても何もしないとか、そういうケースを考えてみると、状況
によっては大型は気楽ではなくなります。どんなに豪華ヨットであろうとも、セーリングでき
ない状況を作ってしまえば、豪華さはやがて、それだけでは満足できなくなります。
良いヨットの真価を体験するには、セーリングしなければ解りません。それで、セーリング
をどうやってするかを基準に考えなければなりません。予算でサイズを決めるのでは無く
もちろん、予算が無ければ限られますが、あるという仮定で、豊富な資金があっても、乗り
方でサイズを決定すべきだと思います。どうしてもお金を使いたいなら、26フィート程度で
も2000〜3000万ぐらいするのもあります。

例えば、九州から遠く、北海道まで車でドライブするなら、大型の車、ホィールベースの長い
車が楽で良いですよね。大型リムジンとか運転手付きで行けると楽チンです。でも、近くに
買い物に行くとか、通勤とか、山に入っていくとか、状況によって相応しい車のタイプがある
物です。それと同じで、ヨットも世界を回るとか、沿岸、デイセーリング、シングルハンド、
レース、等々、それに相応しいヨットがあります。高級か、高級で無いか、という以前に、
それ用のヨットかというのがあります。予算がある限り、でかいヨット、でかい方が良い、こう
いう考え方はしない方が良いと思います。どんな乗り方をするかによって、ヨットのタイプを
決めると同時に、サイズも、相応しいサイズを選ばなければなりません。どんなサイズだった
ら自分が最も気楽に楽しむ事ができるかです。

当社ではノルディックフォーク25を取り扱いのひとつに選びました。このヨットには相応しい
乗り方があります。でも、市場に迎合して、ディーゼルインボードやその他をオプション選択
できるように、造船所に要求しました。船外機では人気が無いと思ったからです。でも、そう
する事が本当にオーナーに良い体験をもたらすのだろうか、そういう疑問が沸いてきました。

戦前から建造されているこのヨットは、完成の域にあると言われています。完成というのは
どういう意味でしょうか。それは、ヨットの装備やコンセプトなど、ヨットその物に関わりますが
それのみならず、その乗り方にまで及ぶのではないかと考えたわけです。例えば、エンジン
は船外機です。日本では船外機よりインボードエンジンと言われますが、モーターボートに
は船外機がたくさん使われていますし、メインテナンスもし易い。価格も安いです。なのに、
ヨット界ではインボードと言います。欧米では船外機どころか、エンジン無しで乗る人も居ます。
マリーナを出ればセールを上げて、セーリングします。このヨットにエンジンはさほど重要では
無いのです。バッテリーも無ければ、室内照明も無いし、航海灯も無い。船外機ならプロペラ
シャフトが船底を貫通していないので、ビルジの心配も無い。もちろん、バッテリー上がりの
心配も無い。実に誰でも気楽に走れます。造船所では、標準仕様ではこういう物はついていな
いのです。でも、この標準仕様で、そのまま乗れます。ウィンデックスやアンカーや係船ロープ
船底塗装、フェンダー、そういう物は全て標準です。できるだけ、そのままで乗っていただきたい
そういう意味ではないでしょうか。さっと来て、マリーナを出て、セーリングを堪能する。短時間
でもOK,そういう気楽さがある。自転車感覚です。誰もが、豪華クルーザーならば楽しくなるという
ものでは無いと思うのです。自転車は自転車の良さがあり、リムジンはリムジンの良さがある。
そういう事を認識していただきたいと思うのです。

ある人、小さなヨットに乗っていました。でも、そのヨットの美しさは何とも言えません。たっぷり
塗られたニス塗装、デザインはクラシックで、全てが完璧。そのオーナーの格好良い事。こうい
うヨットも有りではないでしょうか。

もちろん、全ての人に薦めているわけではありません。大型も良い。スワンも良い。でも、ノルデ
ィックフォークも良いと思います。特にこのヨットは小型ながら、たいていの強風でもフルセールで
走れるのです。波にも強い。微風でも、水面が近いので、なかなか良い感じで走ってくれます。
自分の乗り方を、環境を、考えてみましょう。最も楽しめる乗り方ができるヨット、それが最高の
ヨットです。どんなに豪華でも、乗らなきゃ価値は解らない。ニスたっぷりの豪華なキャビンも良い
でも、スワンやヒンクリーの真骨頂はそんな所にはありません。実際に乗って、そこから得られる
素晴らしさを感じなければ、そのヨットの良さは解らないものです。乗ってこそ、ヨットではないでし
ょうか。ヨットをやるというのは、セーリングするという意味です。

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