第九十七話 イノベーション

ヨットの浸透度が低い日本では、あまり認識が無いのかもしれませんが、世界では、このデイセーラーの出現というのは、ある種のイノベーションとして捉えられています。それは、セーリングに対する新しい捉え方を提示したからです。アレリオンが出てきた頃、アメリカのヨット雑誌はその取材において、セーリングに対する新しいアプローチの誕生と評しました。

これまであった様で、実は無かったセーリング。それまでのセーリングに対する考え方は、旅としてのセーリングか或は、レースにおけるセーリングでした。このどちらも、セーリングそのものというより、旅の手段であり、競争の手段と言っても良いと思います。ところが、デイーセーラーは初めて、セーリングそのものを主題としました。それが、何故か、それまでには無かったわけです。もちろん、ピクニックセーリングはあったわけですが、デイセーラーは、それ以上に、セーリングを求めたヨットです。

何が違うかと言いますと、セーリングそのものを愛でる様な、そんなスタイルです。音楽を鑑賞するとか、絵画を鑑賞するとか、世の中、何か素晴らしいものを愛でるという事があります。それと同じ様に、セーリングそのものを愛でるスタイルを提示したのだろうと思います。つまり、セーリングを通じて、そのセーリングの気持ち良さをどう味わ得るかという事だと思います。

これは他の手段とは違います。性能として良く言われますスピードとか安定性とか、そういう物も重要な要素なんですが、それらに加えて、セールフィーリングを重視したヨットです。レースで勝つ為のスピードや、旅の時化に対する安定性等は当然必要なんですが、それに加えたセーリングの質を問うセーリングです。それがセーリング自体を楽しむ事において重要な要素となる。ただ速ければ良いとか安定性が高ければ良いというものでは無いわけです。

このセーリングの質は、非常に捉えどころの無い、曖昧とした難しいポイントかとは思います。しかし、それを目指したヨットと言えると思います。新しい価値を生み出したという意味では、イノベーションという言葉がぴったりだと思います。

セーリングの質は、そのヨット全体の総合力によってもたらされます。見た目のデザインもそのひとつですし、海面に近い事、操作のし易さもしかり、その操作する時の感触もあります。そして帆走スピード、スピード感、強風における安定感、そして何より、船体の硬さから来る滑らかなセールフィーリング。スピードだけならもっと簡単ですし、安定性だけならもっと簡単です。でも、フィーリングというのは、そのヨットの質全体から感じられる。二つのヨットが同じスピードで走っても、フィーリングは異なります。いかにグッドフィーリングを得られるようにするか? そこかポイントです。だから、ピクニックでもスポーツでも、それがセーリングならば、そのフィーリングが得られる事になります。

紙に印刷された言葉で表現するなら、速いとか安定性が高いとか、操作性が良いとか、そういうありきたりの言葉でしか表現できませんが、でも、乗るとその質が解ります。アレリオンはそのヨットをダンスしている美しい女性と表現しました。また、シルクの様なセーリングとも言いました。

確かに、どこかに旅をする時は、心は目的地にあるでしょう。レースでしたら、競合相手かゴールにあるかもしれません。でも、どちらの目的でも無い時、人は自分の行為において何を感じているかがクローズアップされるかもしれません。良い気持ちか、不安か、スリルか、恐怖か、安定か、様々なフィーリングを感じます。その感じに、グッドフィーリングを如何にと考えたのがデイセーラーの主たるコンセプトです。その為のクオリティーなのです。

ですから、デイセーラーは、如何なるセーリングであろうと、セーリングする限り、そのセーリングを愛でるというのが基本コンセプトと言う事になります。その為にデイセーラーと称したに過ぎないのです。セーリングの目的を、旅では無く、レースでも無く、セーリングそのものにおいた処が、全く似て非なるものです。そのヨットで何ができるかという事では無く、如何なるセーリングなのかという事です。だからピクニックでもスポーツでも良いわけです。セーリングする事以外に目的は無い。つまり、セーリングそのものが目的という事になります。

その新しい方向性を打ち出した点で、今までには無かったイノベーションなんだろうと思います。

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