第八十八話 原点

解った様な事をたくさん書きましたが、ここに至るには、結構寄り道と言いますか、フラフラしていました。この業界に入って、28年になります。最初は、何も解らず、一般的と言いますか、普通の事をしゃべっていたわけです。ヨットのキャビンを強調しながら、別荘にも使えます。宴会も良い。クルージングは楽しい等々の普通の事です。たいして、ヨットの事なんか知りませんでしたし、さして、深く考える事もありませんでした。

当時、多くの業者さんは、元々ヨット好きで、学生時代はヨット部に居たとか、ヤマハ出身の方々が多かったように思います。私から見れば、彼らはヨット好きが高じて、ヨット業者になられた方々ばかり、私、実は、ヨットの事をたいして知らなかったんです。でも、どういうわけか、この業界に入る事になってしまった。

それで、考えた事は、あくまでビジネスで行こう。という事でした、ヨット好きの他の業者さんは、いろいろこだわりがあったりしたわけですが、そういう事一切無しで、ビジネスとして考える事にしたわけです。

しかし、時が経つにつれで、段々解ってくる事もあります。別荘にも使えますなんて散々言っときながら、眺めてみると、そういう方々は殆ど居なかった。宴会する人はいましたが、それもそう多くは無かった。日曜の天気が良い日、マリーナに行っても、出航しているヨットはそう多くなかった。多分、全体の2割程度ではなかったかと思います。それが普通の状態でした。

そこに違和感を感じます。何故だろう? ファミリークルージングなんて言葉を使いながら、ヨット売って、でも、ファミリークルージングしている人もあまりおられなかった。進水式に奥さんが来ても、二度目が無い事は少なくなかった。そういう状況を見ながら、何年も過ごすわけですが、少しづつ変だという感じを持ってきました。

これからはクルージングの時代だとか言う人も居て、そうだろうなと思ってきたわけですが、でも、それを実行している人達は少なかった。出る人はしょっちゅう出るわけですが、出ない人達の方が圧倒的に多いわけです。

しかし、ひとつだけ、特に、頻繁にマリーナに来られる方々を見ると、皆さん、今で言う、デイセーリングの方々でした。朝出て、夕方には戻ってくる。そういうスタイルの方々が最も頻繁にヨットに乗ってあったわけです。考えてみれば当然で、最も気軽に遊べるスタイルです。

その後、独立するわけですが、丁度その時、アレリオン28というヨットを初めて知る事になります。
これまでとは違って、キャビンは狭い。他のヨットとは全然違うコンセプトのヨットでした。しかし、妙にカッコイイ。気になって仕方無い。

20年前に独立、その時、あるオーナーの方とダブルハンドで、しょっちゅう乗る機会を得ました。オーナーは初めてのヨットで、ヨット知らないから、勉強したいので、一緒に乗ってくれませんかというお誘いでした。独立して間もない頃、暇もたくさんありましたので、その誘いをお受けして、それこそデイセーリングをしょっちゅうやってました。オーナーはセーリングを早く覚えたいという気持ちをお持ちだったので、兎に角、セーリング、セーリング、2〜3時間程度、日によってはそれを一日に午前と午後で2回という事もありました。

この時得た感覚、それが原点です。デイセーリングという短い時間。それもセーリングに集中して、しょっちゅう。それが何と面白い事。日々、新しい事の発見と、新しいフィーリング。突然の大雨に見舞われたり、強風にスリルを感じたり、二人でレースにも出ましたし、スピンも上げましたし、兎に角、ありとあらゆる事を二人でやってきました。それが、最高に面白かった。セーリングが終わって、お茶をいただく。のんびりするのは、いつもセーリング中では無く、後です。それが何とも心地よかった。私にとっては、クルージングの比では無かった。レースだって、イライラするばかりでした。それに比べて、このデイセーリングはとっても面白かった。これがスポーツセーリングだった。

クルージングもするにはしましたが、少しです。走っている間、どちらかと言うと退屈感の方が強かったと思います。あくまで個人的感想です。目的地に到着後は、それなりに楽しむ事はできても、クルージングにあまり面白さを感じなっかったのは、正直な処です。まあ、これは個人的な感想ですから。まあ、オーナーとしても同じ気持ちだったかと思います。あまりクルージングしようという話しは出ませんでした。それより、今でも覚えていますが、しびれる様なセーリングを体験した事があります。この方が実に面白かったわけです。

それで、再び、アレリオンの事が思い出されます。これからは、こういうセーリングが面白い。そう感じて、このヨットを販売し始める事になります。そして、デイセーラーという新しいジャンルこそ、最も面白いと感じるようになった次第です。クルー不足が言われ始めた頃でもあります。

その後、試行錯誤が続くわけですが、私の原点は、この時のデイセーリングからスタートしています。その面白さが、何よりも面白かった。それがあったから、ピクニックしても、宴会しても楽しかった。それで、デイセーラーにこだわるようになりました。これなら、誰でも面白いセーリングが味わ得る。しかも、何といってもヨットが美しい。美しいヨットを格好良く乗り回せる。そこにおおいに魅力を感じた次第です。

初めてアレリオンでセーリングした時、何と滑らかなセーリングだろうと感じました。それでますます気に入ってしまった。しかも、シングルハンド仕様。これなら、いつでも出せる。

そこから、ずっとデイセーリングの勧め、デイセーラーの推奨が始まった次第です。まだまだ道半ば、なかなかキャビンを割り切る事は難しい事も解ります。でも、何とか、セーリングの面白さを伝えて行きたいと日々、悩んでおります。

クルージングも良い、レースも良い、ピクニックも良い、でも、デイセーリングは最高にエキサイティングだし、デイセーラーの操作は簡単だし、面白さにおいては負けていない、まあ個人的には最高だと思ってます。但し、割り切りと、セーリング自体を楽しもうという気持ちが必要になります。それをお伝えしたく、このTALKを書き始めました。書き始めて、もう10数年になります。徐々に、デイセーラーというジャンルが認知され、舵誌にもこの言葉が出てくるようにもなりました。

その間、世界ではこのデイセーラーというジャンルがどんどん浸透していきました。次々に、新しいモデルが世界の造船所からデビューしていきます。それだけ需要が掘り起こされたという事だと思います。大げさに言えば、世界が目覚めたと言えると思います。

スポーツという言葉のイメージはレースのイメージとダブル事が多いので、使いたくは無いのですが、でも他に良い言葉が無く、使わざる得ません。でも、世界はちゃんと使い分けて、セーリングを楽しんでいます。個人主義が強く、それだけに自分のスタイルが明確なんだろうと思います。もちろん、日本でもデイセーラーを楽しむ人達が増えてきました。要は割り切りですね。キャビンをどれだけ使うか? ヨットとそのセーリングをどう捉えるか?

セーリングは最高に面白いです。ただ、自分の気持ちもそれを楽しもうという気持ちが必要になります。心と頭と行動が一致する事が必要だと思うに至りました。

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