第九十一話 セーリングマジック

時速18.52Km。 車ならノロノロ、自転車だってもっと速い。100m走なら、20秒もかかってしまう。そんなスピードは現代の感覚から言えば、全くもってお話にならないわけであります。このスピードは海で言えば10ノットです。

パワーボートが30ノットというスピードで走ると、かなり速いという感覚になります。時速で言えば、55.56Km。普通に車で走るスピードです。でも、海に出ると、それがかなり速さを感じます。
そのパワーボートで10ノットで走ると、これはもうかなり遅い感覚しか無い。そこそこ大きなパワーを持つボートですと、スロットルをスローに入れただけで、7〜8ノット出たりします。

つまり、この10ノットというスピードは、一般的に言うと、かなり遅いという事になります。ところが、ヨットでセーリングしますと、この10ノットさえなかなか出ない。プレーニング状態にならないと実現できないスピードであります。ですから、一般的には、これ以下のスピードで、ヨットは走っている事になります。

ところが、ご存知の通り、セーリングで10ノットで走ろうものなら、かなり高いスピード感を感じてしまいます。恐怖感さえ感じるかもしれません。もちろん、それ以下でも、相当速さを感じます。世間一般ではノロノロスピードなのに、ヨットに乗った途端に、スリルさえ感じる。これはセーリングにおけるマジックです。

もし、このヨットのスピード感が、一般的なスピード感と同じに感じられるとしたら、ノロノロ状態ですから、面白くも何とも無い事になります。でも、実際に乗って感じるスピード感は全然違う。物凄く速いと感じてしまう。

さらに、でっかいヨットで走るより、小さなヨットの方がスピード感があります。我々が楽しんでいるのは絶対スピードでは無く、このスピード感。絶対スピードなら、ヨットなんて所詮ノロノロですから。
つまり、スピード感こそが面白さだろうと思います。でかいヨットの方が速い。しかし、絶対スピード値と面白さは別なのであります。

セーリングしますと、誰もが例外無く、このセーリングマジックにかかってしまいます。パワーボートで30ノットで走るより、車で時速100Kmで走るより、ヨットの方にスピード感を感じてしまう。だから、セーリングは面白いわけです。さらに、それを動力を使わずに、セールだけで走らせる。そのセールだけで、すごいスピード感にも達する事があります。これこそ男(女)のロマンというものです。

ヨットのスピードは所詮はそんな程度。ですから、5ノットや10ノットが問題なのでは無く、その時のスピード感が重要なのです。セールの角度や形を変えるだけで、スピードが変化していきます。その数値的には小さな変化さえも、我々には大きな変化として感じます。わずか1ノットでも変わろうものなら、ボートならその変化さえも気づかないかもしれませんが、セーリングだったら、すごい変化に感じてしまいます。だから、いろんな操作をして遊ぶ事ができます。これぞ、セーリングマジック。感覚遊びなのであります。だから、ヨットは必ずしもでかい方が良いというわけではありません。

買い換える度にサイズを大きくしてきた過去は、大きなサイズがあまり無かった時代で、ある種の憧れでもありました。しかし、でかいヨットも珍しく無くなってきた今日、サイズは面白さで決める時代かもしれません。

セーリングマジックは我々の感覚を別の世界に引き込んでしまいます。ですから、その感覚が重要なのであります。セーリングマジックを如何に遊ぶかですね。縦横無尽に、自由自在にセーリングできたら、このマジックを最大限遊んでいる事になります。海は、地上の世界とは異次元の世界、セーリングはさらに異次元という事になります。我々は地上と海という二つの世界を遊ぶ事ができます。それって、かなり面白い事でしょう。

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