第十三話 目的意識

セーリングをより深く味わうには何が必要だろうか? 知識? 技術? 確かにそれもあるでしょうが、それよりもっと重要なのが、そのセーリングで何をしているかという目的意識ではなかろうか?

レースだったら、目的は明確です。あのブイを回って、兎に角、できるだけ速くゴールしたい。クルージングだって明確です。目的地があって、そこに行きたいわけです。

しかし、レースでも無い、クルージングでも無いセーリングはと言いますと? その時の風の具合を
ある程度の操作で走っているだけかもしれません。微軽風もあれば、強風もあって、丁度良い中間もある。その日の風任せ? 

微軽風であまり走らない。でも、エンジンかけて帰る事を繰り返すのでは無く、そこに何らかの工夫をして、その微軽風でも面白くできないか? 強風だったら、やっぱりやめて帰る手もあるが、リーフして、その強風にやっぱり何らかの面白さを味わう事はできないのか?

それぞれの風に対して、それぞれの何らかの工夫を重ねる事によって、あらゆる風を楽しむ事ができるようにならないか? もちろん、上りも下りも。そういう意識を持って、何をどうすれば良いかを考える。

セール面積の調整をすることはこれまで書いて来ました。それができたら、次には、走り方を考える。上りを堪能する。上りを探求すると言っても良いかもしれません。レースじゃ無いんですから、何でもできる。ギリギリの上りは微妙な舵捌き。下りはワイルドジャイブをしないように気をつけて、スピードを楽しむ。あの島やブイを一回り? 真っ直ぐ走って、180度進路を変える? セールの形状を良く観察しながら、変化をさせて、そのアクションが、どうリアクションになって戻ってくるかを注視する?角度はどうか?ジブだけだったらどんな走り、メインだけだったらどんな走り?ジェネカーや微軽風用セール一枚だったらどうだろう?コース優先か、風向優先か?

考えれば、いろんな事ができる。考えられる様々な事を試していけば、いろんな事が解ってくる。目的があるから結果もあって、だから面白さが増えてくる。何も考えずに、その時の状況だけを楽しむと、そうは長続きできないのではなかろうか?

セーリングには理論があって、走り方のマニュアルもある。しかし? 楽器だったら、音楽理論があって、その楽器の演奏方法がある。目的は、ある曲を上手に弾けるようになりたいという目的がある。だから、練習だって頑張れるし、徐々に上手くなる事が嬉しくなる。それと同じように、セーリングにも目的意識が必要だろうと思います。

音楽の様に、ある曲をというわけでは無いが、ありとあらゆる事を試して知る。その事によって、セーリングにより自由自在感を得る事ができる。上りで自由を味わい、微風だろうが、強風だろうが、自由自在。下りも同様。時に、180度ターンしたり、360度ターンしたり。誰よりも速く走れるかどうかは別にしても、誰よりも自由自在感を手に入れる。ありとあらゆる状況に対応できる。セーリングの大胆さから妙に至るまでを感じ取れる。いつでも臨機応変なのです。

ちょっと曖昧な感じもしますが、まずは、セーリングの醍醐味である上りを、ありとあらゆる、考えつく方法を全て試してみてはどうだろう?セールの角度、形、ギリギリ上り、ヒールアングル、ブロー、
微風、強風、微妙な舵操作、風向に追随する走りや、進路固定、ジブだけ、メインだけ、タッキング、ちょっと考えただけでもいろいろあります。

セーリングをこの際知り尽くしてやろう。そういう目的意識。その具体的目的をもっと明確にして、その日のセーリングを走る。すると、目的があって、アクションがあるからこそ、そのリアクションも明確になっていく。もちろん、今迄解らなかった微妙な変化も感じる事ができるようになる。微妙が解るから操作も微妙にする事ができるようになります。何となくのセーリングばかりでは、アクションも何となくになり、そのリアクションも何となく?面白さは自分で造らないと味わえない。そのヨットが悪いわけじゃない。

そんなこんなを続けていきますと、自分の体に慣れが生じてきます。体の動きが楽で、スムースになります。そうこうしているうちに、どうのようにしたら良いのかが、身についてきます。楽で、無駄無く、しかもスムース、ぎこちない感じが消え失せる。操作が巧いかどうかもありますが、体が慣れていると実に楽しくなる。全てのベースになるかな。だから、最も大事ななのは、リラックスしてセーリングが出来る事かもしれません。もちろん、目的意識をもって、集中力を持って、緊張と緩和を楽しむ事かもしれません。

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