第六十八話 絶対スピード

速いか遅いかは相対的であります。微風で速いと言っても、そのスピードはたいした事は無い。速いというのは、他のヨットより速いという事であります。それが強風になっていく時、もちろん、相対的な速さもあるわけですが、この絶対スピードも上がっていきます。

7ノット、8ノット、9ノットと、風が強くなれば、そして十分なスタビリティーがあれば速くなる。他のヨットより速いかどうかは別にしても、絶対スピードが上がれば、ヨットの動きは敏感になっていく。ちょっとした舵の操作が大きく影響します。だから、その分、より集中して操作する事になりますし、誰もが、自然に緊張感を持って、そうなっていきます。

時速100Kmで高速を走るのは、比較的ゆったり感を感じますが、それが150Kmになったり、
200Kmになったりしますと、緊張感も高まるでしょう。それと同じですね。どういうわけか、ヨットでは、8ノット、9ノットと、そんな程度でも緊張感が沸いてくる。

つまり、絶対スピードにおいて、より速く走れる軽いヨットで、十分なスタビリティーがあるヨットでは、速く走れますから、その絶対スピードが高まると、そういう高い緊張感を味わう事ができる。それが嫌ならセールをリーフすれば良い。でも、その緊張感をスリルとして面白く味わう事も可能です。その分、慣れて置く必要はあるとは思いますが。

つまり、絶対スピードが速いヨットに乗りますと、微軽風でももちろん他艇より速く走れて気分が良いし、強風では高度な緊張感を強いられる。言い方を変えれば、高度な緊張感を味わう事ができる。この辺りは乗り手次第でしょうが。

クルージング艇がよりでかいキャビンを確保する方向に進むのに対して、デイセーラーの中では、このより速いスピードを目指していくヨットもあります。もちろん、シングルハンドは確保しつつであります。より軽い船体と、より重いバラストを実現し、セールは大きなスクウェアートップメインを採用しています。一般的なデイセーラーではありません。ハイスピードデイセーラーです。

恐らく、微軽風からある程度の中風域ぐらいまでは、気分良くスイスイでしょうね。シングルで乗っても、家族と乗っても楽しいピクニックやスポーツができます。でも、これが強風になった時、もちろん、バラストが重いだけにフルセールで走れる範囲は広いのですが、絶対スピードが速くなる。その時のヨットは超鋭敏になるでしょうから、より集中力を高めて操作に当たる必要がある。それをもてあますのか、或は、楽しめるかは乗り手次第ではありますが、リーフという調整方法があるだけに、そういう可能性があるというのは、乗り手にとっては面白いかもしれない。自分次第では、そんな高速ヨットを走らせる事ができるという事であります。腕が上がれば、シングルでカッ飛んで行ける。

デイセーラーにおけるこのあたりの性能は、そこらのクルーザーレーサーを凌いでいる。もうレーサーの性能と言って過言ではありません。でも、ヨーロッパでも、強風も伴うであろうレースに参加する時は、クルーを加えて3人程度でやってるようです。やっぱり、ひとりじゃ厳しいスピードでしょうね。でも、いつか、そんな人が出てこないとも限りませんが。きっと出てくるでしょう。何がしんどいかと言って、強風が続くと、あらゆる操作に全神経を集中してやらねばならないし、それをシングルでやるとするなら、気が休まる事が無い。そこに人間がどこまでついていけるかですね。

だから、速いヨットは面白いのですが、速すぎるヨットは、しんどいかもしれない。だから、一般的にお薦めはしませんが、でも、微軽風でも絶対速いという事実は、そこに面白さがあるだろうし、強風では早めにリーフして対応するという方法もある。ポテンシャルが高いヨットは対応次第であります。逆に、微軽風で遅めのヨットには、微軽風用セールを加えて、そのポテンシャルを上げる。

速いヨットが、仮にセール面積/排水量比が30あるとして、遅いヨットが微軽風用セールを上げて、やはり同じ30の数値を得るなら同じじゃないかとも言える。ただ、速いヨットはジブとメインだけで、操作は楽ではあるが。つまり工夫次第で、ちょっとした労力を惜しまないなら、そのヨットを変化させる事ができる。どちらを選ぶかです。

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