第九十話 もっと気楽に

ヨットを始めるにあたって、大抵は、いつかは遠くの島々へ行ってみたい。沖縄や小笠原、遠い南の島とか、そういう旅に思いを馳せる。それはそれで良いと思います。しかし、その前に、日常的に、気楽にその日のセーリングを楽しむという事があって良いし、あった方が良いと思います。

近くへ行くのには、誰もあこがれたりはしません。ですから、夢は遠くへ、遠くへと飛びます。それは簡単な事ではありません。だからこそ夢にもなります。沖縄に住む人達は、また、別な遠い場所に夢を馳せる。

人は旅が大好きです。飛行機で行く事も車で行く事もできます。しかし、ヨットで行くところに意義があります。プロセスが違えば、同じ到達でも意味が違ってきますから。でも、誰も、いきなり行く事はできません。寛平ちゃんが、いきなり太平洋を横断しましたが、サポートがあっての事です。サポートがあれば、誰もが行けない事は無い。でも、自分で行きたいのです。自分で計画して、自分でナビゲーションして、自分で走りたいのです。それには、知る事、経験が必要です。

普段のセーリングを楽しむ事でたくさんの事を知る事ができると思います。それに慣れて、日帰りが、一泊になって、二泊になって、少しづつ延長してきて、その延長に沖縄がある。沖縄を目指して、セーリングを始める、練習するというのもあります。日々のセーリングは、いつも沖縄の為にある。でも、遠いクルージングにあこがれるよりも、それはちょっと脇において、今できる、今しているセーリングをもっと楽しんだ方が良いのではないかと思います。

いつか沖縄なら、いつかの時に考えれば良い。今は、今できるセーリングを楽しむ。距離は違えど、学べる事はたくさんあります。或いは、別に沖縄を目指してはいない人でも、普段のセーリングを楽しんで頂ければと思います。

ヨットで海に出れば、普段の生活とは大違い。非日常性を味わえる。何でも思い通りにしたいと思う日常で、思い通りにいかないストレスを、ここでは感じなくて済みます。何故なら、風を思い通りにコントロールできない事は解っていますから、受け身にならざるを得ません。これは謙虚な姿勢。
だから、イラつく事が少ない。

そういう状況に簡単に入る事ができます。人は日常にセーリングにおいても、陸上の時のように、誰かを誘い、食糧を準備して、と考えますが、ただ、セーリングに出てみてはどうでしょうか?非日常性をそのまま感じてみてはどうでしょうか?できるだけ日常から離れて、非日常に入ってみてはどうでしょうか?

他人に言える特別な事があるわけではありませんが、非日常性をたっぷり味わう事ができますし、それをそのまま受け入れてきた事で、何だか、気が癒されるのではないでしょうか?いつも誰かと一緒に居ますが、そこでは、自然と自分しか居ない。そういう事は滅多にありません。トイレと風呂ぐらいでしょうか?もちろん、海はそれらとは違います。

要は、日常にできる気楽なセーリングをもっと重視しても良いのではないかと思います。ただ、出て、そこらをセーリングして帰ってくる。自慢できる事は何もありませんが、でも、そこに浸る事ができれば、その時だけは、いつか沖縄とか思わなければ、そのセーリングを味わう事ができる。近くだろうが、遠くだろうが、セーリングの全てはそこにある。

だから、いつも、気楽にセーリングを味わってはどうでしょうか? その延長上に、沖縄も出てくると思います。気楽に、ちょっとセーリングを味わってくる。その気持ちはとっても大事な事ではないかと思います。距離では無く、気持ちの問題です。気持ちが、違うところにあれば、そうは楽しめない。でも、そこにあって、ひたすら受け身で、そこの変化に合わせてただ調和しようと思う事は、普段は無い事です。いつも、何かを、誰かをコントロールして自分の都合の良いようにしようと思います。しかし、それは無理な話。完全に受け身になる事、セーリングは違う何かをもたらす。

それを気楽に味わってみてはどうでしょうか?旅に出れば、夕暮れ前につどこまでと思います。そこには、受け身はありません。夕暮れ前に着くには、もっとスピードを上げてとか思います。
でも、日常のセーリングでは、それが無い。吹けば吹くように、吹かなければ吹かないように、ただ受け身で、でも気軽で、その日のセーリングを味わう。最も基本的であり、気持ちさえ、そこに置いておけるなら、セーリングを充分に味わえるのではないかと思います。むしろ、夕暮れまでに何とかと思わない分、もっとセーリングを味わえるのではないでしょうか?

吹いても、吹かなくても、そこに合わせる。こちらは合わせるしか方法が無い。という事は、吹く吹かないをコントロールしようとは思わないわけですから、その日の風をそのまま味わう事ができます。そして、それは毎日、毎瞬変わります。それって、本当はとっても面白い事ではないかと思います。だから気楽に、気楽になれれば、しょっちゅう乗れる。しょっちゅう乗れれば、いろんな状況を味わえるし、経験も積みます。本当は、バリエーションは豊富なのです。バリエーションを場所に求めるか、状況に求めるかの違いです。

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