第十九話 変遷

マリーナに来ますと、古いヨットと新しいヨットが混在してます。それらを眺めてみますと、ヨットがどのように変わってきたか、良く解ります。昔のヨットは、狭いコクピットにメインシートトラベラーがコクピットにあります。それがクルージングという旅を強調するようになり、徐々に変化してきます。

旅をする時、みんなコクピットに集まって、おしゃべりしたり、飲み食いをしたり、コクピットが集いの場所になります。そこにメインシートがきたりしますと邪魔です。そこで、メインシートをキャビン入り口の向こう側に移します。そしてブームも少し高めにして、短くして、できるだけ邪魔にならないようにします。同時に船体の幅も広がり、中央からスターンにかけて絞りこんだりせずに広い幅のままスターンに続きます。

これで、広いコクピットを得、メインシートもコクピットから消え、ブームも邪魔にならない。そして、ここにテーブルを置くと、みんなで座って飲み食いにも便利です。20数年ぐらい前からでしょうか、今では当たり前になりましたが、キャビン入り口にコクピットドジャーが設置されるようになり、後部側にはビミニトップ、そしてスターンのパルピットにはオーナーズチェアーという風に、クルージングという旅を目的とした時、その旅がいかに快適になるかという演出がなされてきました。これらが今日では当たり前のクルージング艇の姿です。この事は、外洋艇というジャンルに沿岸用クルージング艇という最もポピュラーなジャンルを生み出す事になります。

これらは快適なクルージングになるでしょうし、その反面、セーリング操作という意味ではちょっとやりにくくもなってきています。でも、目的がクルージングですから、それでも構わない。それにクルージングの大部分ではセーリングでは無く、エンジンを使う方が多くなります。すると、大き目のエンジンが望まれますし、セーリングはたまに状況が良い時にしか使わなくなります。そうなりますと、バラストもそう大きくなる必要も無くなり、でかいキャビンとなった分、最近ではバラスト比20%台というのも珍しくありません。でも、それで良いとも言えます。クルージングという目的が明確化してきたわけです。

一方、セーリングを楽しむ派としては、これでは満足できなくなります。操作して遊ぶのが目的ですから、セール操作のし易さが必要です。セーリングの面白さが必要になります。メインシートトラベラーはコクピットに当然あります。ブームのできるだけ後部から引いた方が、テコの原理から言っても楽に操作ができます。それに遠いより、近い方が良い。マストもフレキシブルで、バックステーアジャスターでベント操作をし、ジェノアトラックのリードブロックもコクピット操作で位置の調整ができる。いろいろ操作して、その走りを楽しみたいわけです。

レーサークルーザーと呼ばれるヨットはキャビンはクルージングにも使える充実さと、コクピットはセーリング操作がし易い装備となります。両方を併せ持つ事になります。そして、レーサーよりになりますと、キャビンもシンプルで、出来るだけ軽くしようということになります。

このふたつのヨットは似て非なるもので、見分けるのは簡単。メインシートがどこにあるかです。そして操作のし易さ、しにくさだけでは無く、全体がそのコンセプトに従っていきますから、スピードが違ってきます。セールエリアも違い、重量も違う。ですから、このふたつのヨットはセーリングにおいては別物という事になります。クルージングの旅を主とするか、セーリングを主とするかです。そしてセーリングを楽しむ派としては、主としてレースを楽しむというのが目的でした。つまり、旅かレースかという区分でした。

時が経ちますと、最初の導入期とは異なり、ジャンル分けが強調されてきたのがわかります。クルージング艇はより快適なクルージングを目指し、セーリングは、より快適セーリングとかスピードを目指す。ですから、あきらかに、クルージング艇はより快適になりましたし、レーサークルーザーも速くなった。両者の住み分けが明確になり、分離していきます。それはそれで良い事でしょう。という事は、使う側に対して、コンセプトをより明確に求められる事になります。

レースをしないならクルージング、そんな区分けが自然にできてきました。しかし、時が経ち、状況はまた変化していきます。昔と違うのは、クルー不足です。何もこれは日本だけの事では無いようで、欧米においても同様なようです。ところが、ヨットをみますと、クルー無しで操作するのは大変だという事がわかります。クルージングのエンジン走行は別でしょが。また、オートパイロットを使えば、まだ何とかなるにしても、セーリングを楽しむという点においては、不満も残る。
クルーが来ないと乗れないのも困る。それが原因かどうかは解りませんが、稼働率はどんどん低くなってきました。

そこで出てきたのがデイセーラーというヨット。これは昔は小さなヨットを指して言った言葉ですが、今日のデイセーラーは異なります。高い帆走性能のヨットをシングルで楽に走らせようという事です。しかも、オートパイロット無しでもです。レースかクルージングかという両極しかないというのはおかしな話です。レースしたいわけじゃない。かと言って、遠くに旅をしたいわけじゃない。

アメリカで始まったこの動きは、かつてのクルージングのビッグボートオーナーを魅了しました。大きなヨットはクルーが必要な事はもちろんですが、メインテナンスも大変です。もうあっちこっち行ったし、だからと言って、丘に上がりたいわけじゃない。それで、シングルで気軽に出せて、近場を走る。近場をメインとしますと、やはり高い帆走性能とグッドフィーリングがほしくなる。

デザイナーは思い切ったデザインを施します。高い帆走性能をシングルでやるとなりますと、高い安定性を求めます。シングルですから。それで、バラスト比も高めで、船体重心を実に低くする事を決定します。キャビンに入っても真っ直ぐ立つ事ができない。でも、キャビンが主役では無く、セーリングが主役と見事な割り切りを見せます。

そんなお陰で、抜群の安定感を得ます。そこにタッキング回数が多くなるセーリングではセルフタッキングジブとし、それを補うように、大きなメインセールというセールプランを持ちます。メインセールの方がジブより遥かにコントロールしやすいので、それで良かった。これで、セーリングがシングルで実に簡単になりました。おまけに、こういうセーリングではスピードやその他の性能ばかりでは無く、必ずしもレースするわけではありませんから、セーリングのフィーリングも重要でした。

安定感はもちろん、波に対する叩き方、スムース感、バランスの良さ、舵の軽さ、レスポンスの良さ、コクピットに座って、舵を持ちながら、全ての操作に手が届くだけでなく、簡単に操作ができる事等々です。軽い船体ながら、堅いハルが必要です。キャビンは犠牲にはしましたが、無いわけでは無く、ちょっと狭い程度。それにウィークエンド程度ならクルージングにも使える。あくまで主役はセーリングにあり。でも、レーサーのようにレーティングとは無関係ですから、自由にデザインできる。
思い切ってキャビンを削ったというのは実に大胆な行為です。キャビン拡大競争の時代ですから、その逆を行く行為です。でも、そこまで思い切ったお陰で、いろんな事を大胆に実行できたわけです。従来のヨットとは全く違いました。でも、それがどんどん受け入れられてきます。何故か?

純粋にセーリングを気軽に楽しみたい。レース派でも無く、クルージング派でも無い人達が潜在的にたくさん居たという事でしょう。レースかクルージングという両極では無く、その中間的存在かもしれません。

でも、問題があります。セルフタッキングジブは上りには抜群ですが、ダウンウィンドになりますと、通常のジェノアよりも使えない。リード位置の問題です。そこでジェネカーがあり、そのジェネカーも袋状のまま上げられるタイプが出て、さらにファーラーへと発展していきます。一方では、ジブブームというものが作られ、セルフタッキングジブをそのままダウンウィンドにも効率良く使えるようになりました。ここに至って、デイセーラーは世界的に広がりを見せます。一部ではワンデザインのレース用にと、もっと過激なデザインになっていくものもあります。もっと軽くカーボンのハルとかです。
この場合でも、ダブルハンドであれば、充分です。

物事の導入期は、最初は何にでも使う事になります。クルージングでもレースでも同じヨットを使う。それが時間の経過とともに、発展期になりますとクルージングとセーリングが分離していき、それぞれが濃縮され、それぞれのジャンルにおいてより性能が高まっていきます。使い方さえ間違わなければ、昔よりももっと遊ぶ事ができる。昔味わったセーリングと、今日のヨットのセーリングは異なります。クルージングもしかり。でも、レースにはレースというしばりができ、クルージングにはクルージングというしばりができます。そうでは無く、もっと気軽に高い帆走性能をクルーが居ようが居まいが楽しみたいと思った人が出てきて、そういうヨットを建造した。それがきっかけで、蓋を開けてみますと、そういう人達がたくさん居たわけです。それで、あっちこっち、世界中の造船所もそういうデイセーラーを排出し始めた。

これでヨットは、レース、クルージングに加えて、ピュアセーリングというジャンルが生まれました。
デイセーラーの歴史はまだ浅いので、しばらくはこういう三つの流れが続くでしょう。さて、その先どうなるか?

結局、浸透すればする程、細分化されていくことになります。この先、どんなジャンルが生まれるかは解りませんが、少なくとも、ヨットですからセーリングは永遠です。

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