第九十一話 スムースな流れ

海水は船体をスムースに流れ、風はセールをスムースに流れる。この上下のバランスがきちんと取れて、ヨットはスムースに走る。その感触の何と気持ちの良い事か。エンジン音も無い、波の音と風の音、自然な音のみで走るわけです。

水は空気の800倍の密度。という事は、海水が船底を流れる時、その影響度がいかほどか?大きな影響を受けます。風がちょっとセール上を乱れたりするよりも、海水が乱れる方が800倍も影響する事になります。ですから、船底はきれいにが鉄則ですね。

船底にはほっときますと汚れ、藤壺がついてきます。これが水流を乱してしまう。特に、キールの前縁部に藤壺がつきますと、海水が当たり、そこから流れが乱れてしまいます。舵も同様です。それで、最初の段階で、できるだけヨットの最高のコンディションでセーリングを体験することが大事です。すると、この海水の流れが最もスムースに流れていく感触が、体に残ります。良い時を体験しておく事で、その後、ちょっとでも何かあると、それが感知できるようになります。今後、いろんなセール調整が出てきますが、船底はその場で調整する事ができません。ベースをしっかりきれいにしておく事、そこが基本となって、今後進んでいくことになります。見えない部分だけに、重要であります。

空気の流れもセール上をスムースに流れるようにします。基本は何でもきれいに流れるです。船底と違うところは、セールは調整できるという事、むしろ、その調整を遊ぶわけです。

セールの役目は推進力。車のエンジンと同じです。という事は、スロットルの調整をするという事になります。車だって、いつも全開ではありません。その場に応じて、アクセルペダルの調整をします。ヨットはそれをセールで行う事になります。

ヨットにはそのヨットが受け入れられるパワーがあります。そのヨットにとって風が弱い時は、もっと風のパワーを取り入れようと意図します。反対に、風が強すぎるなら、風のパワーを減じようと意図します。それがセール調整、トリミングです。それが面白いところでもあります。単純では無いからです。

基本的考え方は、パワーを取り入れたり、逃がしたり、走りながら、その場に応じて臨機応変に調整を行います。セールがスロットルですから、パワーアップしたい時、それは風が弱い時ですが、もっと多くの風を取り入れようとします。そこで、やる事はセールのカーブを深くする事です。ヨットはセールを流れる風の力を利用して、発生する揚力を弱めたり、強めたりします。

車と違う事は、セールのパワーアップを図っても、どこまでもできるわけでは無く、その時の風の強さによります。ですから、風が弱い時はできるだけ多くの風を取り込み、風が強い時はそのパワーを減じる事になります。

セールカーブを深くしますと、風がセールを流れ、揚力が増します。それがパワーです。それじゃ、もっと速く走りたいからと言って、風が強い時でも、カーブを深くすれば良いかと言いますと、今度はヨットのスタビリティーの問題やら、それに風がセールの急カーブをきれいに流れてくれなくなります。適切なカーブというのが、そのヨット、その状況によってありますので、それを見つけながら快走をするという遊びです。

基本は風が弱い時はカーブを大きくし、風が強ければ強い程、カーブを少なくする。よりフラットにするということになります。このセールのカーブをドラフトと言います。さて、面白いのは、このドラフトをどれぐらいに調整すると最も良いのか?この最適調整を見出すのが遊びで面白いところですが、これは簡単ではありません。でも、最適で無くてもヨットはちゃんと走ってくれます。ですから、走りながら最適を見つけます。

それともうひとつは、このドラフトの前後位置です。ドラフトの頂点が前側、後ろ側と変化しますから、その最適な位置をも調整します。

これがセール調整のその1、ドラフト調整です。深さを調整して、風という燃料を調整していきます。
それは揚力の調整という事でもあります。次は、ここで得た風のパワーを効率良く前進するパワーにもっていくことが必要です。それが風の角度に対する、セールの角度調整という事になります。

ドラフト調整でパワーを得て、それを風が吹いてくる方角に対して、セール角度を開いたり、閉じたりして調整し、できるだけ効率の良い前進力を与える。

これをとことん突き詰めると、とっても難しい。でも、ヨットの良いところは、いい加減な調整でも走るという事です。セールさえ出しておけばヨットは走る。ただ、無駄が多いだけです。でも、初心者でもすぐにセーリングを楽しめる事にはなります。それで、徐々にうまくなっていけば良いし、うまくなれば、うまくなった次元での面白さが出てきます。無駄が少なくなり、走るのも楽になっていきます。

これらの調整は頭の中で考えれば、理解できます。問題は、その調整をどういう手段でやるか。これには練習が必要になります。その練習にも、どういう理屈でヨットは走るから、どういう調整必要か、その理由を知り、何故、どの艤装をどう操作するかを考えます。その調整量は走りながら、状況を見ながら習得していく事になります。また、それだけでは無く、感じる力、観察力も要求されます。それがセーリングの面白さです。

たまたまでも、うまい事調整がなされて、走るセーリングの感じは至福の時、セーリングハイを感じるかもしれません。それがセーリングの醍醐味であります。是非、味わっていただきたいと思います。全ては、これが目的ですから、グッドフィーリングの為に、あれこれとやるわけですから。

移動目的ならフィーリングは重視されないでしょうが、セーリングが目的なら、これはグッドフィーリングにある。そしてベターやベストフィーリングを目指す。何しろ、気持ち良い〜、ですから。セーリングハイです。これがセーリングの最終目的です。そして、いろんな良い気持ちがありますから、できるだけ感じる事が目的になります。

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