第八十一話 幸福論

物事をどんどん考えて、突き詰めていきますと、究極的には幸福論に行き着く。それが何らかの役に立つのか?人を楽しませ、幸福にするのか?ヨットがどうこうという事をいろいろ考えて、書きますが、最終的には、それが人の役に立つのか?という疑問が残ります。そうで無ければ、たいした事は無いわけですから。

ヨットが人を幸福にするのか?デイセーラーがシングルハンドが人を幸福にするのか?そうしますと、幸福とは何か?という、いつもの疑問が持ち上がる。そして、いつも、幸福はそれぞれの感じ方次第という結論になり、他人が決める事では無いという事になります。

いつも幸福を追いながら、幸福のなんたるかが解らない。これは変な話であります。人類の歴史が始まって依頼、人は幸福を求めながら、未だもって、これとは断定しがたい状況にあります。ですから、人類は今だ持って幸福という幻のごときものを負い続ける。

好きなヨットを手に入れて、快走を味わう。幸福ですね。好きな人を誘って、セーリングに出る。幸福です。しかし、そんな事は一瞬であります。束の間の幸福で満足するならそれで良いのですが、その後にはまた苦労がある。

夢を描いて、それを達成する。それも幸福です。幸福の何たるかを知っていますが、どれもが束の間であります。結局、究極の幸福は無い。ずっと続く幸福は無い。そうなりますと、殆どの時間は不幸では無いにしても幸福でもない。実にマイナス思考?否、これは事実ですね。我々はみんな、幸福になりたがる不幸な人々という事になります。幸福な人は幸福になりたいとは思わないでしょうから。

そこで、結論はヨットは人を幸福にはしません、という事になります。快走ばかりでは無いし、仮に、毎日快走を体験できるとしても、毎日だと、それが幸福とは感じなくなります。こんな風に、面倒くさいのが人間です。それで、快走の為に、無風状態が必要なら、幸福の為には不幸が必要になる。

夢を描いて、あっさり達成しようもんなら、達成感に幸福を伴わない。苦労があればあるほど、達成感は大きくなります。それで、人生をトータルで見た時、これは幸福なんでしょうか、それとも不幸なのでしょうか?

夢を描くのは良い事とされます。しかし、夢とはそんなもの。夢を売る商売と言われる業者がこんな事を書くのはご法度かもしれませんが、事実ではないかと思います。それでどうしたもんか?

夢を描いて、そこに進むも、今やっている事、夢への道のプロセスをいかに楽しむ事ができるか?
そこではないかと思います。そのプロセスさえも、いろいろあるわけですが、快走も無風も、どちらも楽しめるようにできないか?実は楽しめないというのが事実だろうと思います。でも、楽しめないが、面白がるという別のニュアンスです。いろいろあるから面白い。そういう事にしてしまえないだろうか?

これはセーリングがどうこうより、自分の心の問題になるかと思います。それはきっとトータルでゲーム化するしか無いのではなかろうか?人生は生きる事。セーリングが生きる事では無い。セーリングが人生という事でも無い。人生を面白くする為に、セーリングをやってます。そういうニュアンスです。セーリングをやめても人生はどおって事は無いのですが、やって面白さを感じる。手段としてやる。遊び、ゲームとしてやる。そんなちょっと離れた感覚、クールな感じを持った方が良いのかもしれません。人生をどんな風に料理してやろうか?御飯をおいしく炊いても、御飯だけじゃ寂しいですから、そこにおいしいおかずを加えたい。どんなかずにしようかな?御飯が人生なら、ヨットはおかずです。

それで、夢を描いて、その方向性を決めて、そして日常はやって来る事象を、そのまま楽しむ。楽しめないにしても、面白がる。今日は、こうきたか、明日どうかな?そんな具合。事象にどっぷり浸かってしまえば、こうは考えられないので、一歩離れて見るような。そうすると、全部を面白がる事はできないか?幸福になろうと思って夢を描くというより、面白くしようと思って夢を描いた方が良いような気がします。ちょっとニュアンスが違うと思います。

テレビゲームが何故面白いのか?失敗をたいして深刻に考え無いからでしょう。それと同じように、セーリングを考えられるなら、面白さが一杯で、それは幸福なのではないかなと思います。本当はそれは幸福なのでは無く、あ〜、面白かったでしょう。

で、幸福とは何か?何にも特別な事は無いのに、良い気分という事が無いでしょうか?何となく、気分が爽やかで、良い気分。幸福とはその程度ではないかと思います。幸福になろうとする事がちょっと違う何かを引き寄せる。で、人生は幸福になろうとするより、面白くしようと考える方が良いのでは?そして、時に良い気分を味わって、幸福感を得る。これが今のところ、私の幸福論です。

それで、ヨットをセーリングを、そういう面白さの手段と考えます。人生を面白くする為に、ヨットを面白くしよう。そう思えば、これからやってくるいろんな事を、興味を持って、好奇心をもって迎えられないでしょうか?今日の晩飯、おかずは何だろう? てな具合?

幸福論なんてたいそうな事を書いてしまいました。解った風な事を書いてしまいました。でも、それぞれが自分の幸福論を持って、いろいろ行動されていると思います。それを時の経過とともに、修正しながら、面白い人生を創造する。そんなもんでしょうかね〜。

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