第三十六話 ヨットの文法 

外国語を学ぶ時、文法を教えられます。子供なら、現地へ行ったり、外国人の友達が居たりしますと、実践の中から自然に身についてきます。私の友人の一人ですが、子供の頃、隣に教会があって、そこにアメリカ人だか、が居て、そこの子供と毎日のように遊んでいたそうで、母親に言わせると、子供の頃は自然に英語を話していたそうです。

しかしながら、我々ぐらいの年になりますと、そういう覚え方では、多分子供の体験の10倍ぐらい実践しないと覚えきれないかもしれません、。昨日覚えた言葉が今日は忘れています。そんな時間は無いわけで、それで、文法を学んで、しっかり理屈を理解して、そういうやり方の方が、効率的ではある。ただ、日本の英語教育のように、文法的やり方だけでは、いつまで経っても無理ですが。
しかし、だからと言って、文法が無駄では無いと思います。理屈が解った方が、実践を伴うなら、遥かに効率は良くなるかと思います。

それと同じで、ヨットを覚えるにしても、文法も同時に学んだ方が、いろんな場面での理解の助けになるし、習得効率は良くなると思います。それに、我々大人は何年も学んできたわけですから、科学的常識を持っていますから、その常識でもって、学び、自分で考え、納得していくというプロセスをとる事ができ、その方が覚えが早い。

ヨットを浮かべた時、水面以下と水面から上に分かれます。排水量はそのヨットの重さ、浮かべた時に水を押しのける水の重さと同じです。という事は船底形状がどんなであろうと、同じ排水量なら、水に浸かっている部分の体積は同じという事になります。ところが、面積という観点で見ますと、これが船底形状によって違ってくる。船底が三角のような形状と平らな形状では、接水面積はフラットな方が少ない。体積は同じです。接水面積が大きいと水と船体の摩擦が大きくなる。やっぱり摩擦があります。英語でドラッグと言いますが、ひきづるという意味で、この面積が大きいとより大きなドラッグという事になる。

という事はフラットな船型の方が速い、軽いヨットの方が、接水面積は少なくなり、速く走れる事になる。しかし、速いだけがヨットじゃ無いわけで、波に叩かれた時に、バンと叩く衝撃はフラットな方がより衝撃が大きくなる。対して、三角の形状なら、波叩きは実に柔らかい。水泳でプールに飛び込んだ時に同じ理屈を感じます。どっちが良いかというより、目的は何かによります。

ヨットはセールに風を受けて走る。速く走ろうと思うなら軽い方が良いわけですが、乗り心地は除外して、セールに風を受けたら、ヨットは傾く。船底に錘が無いなら、すぐに傾いて走れません。でも、キールがあって、それを支えてくれる。船体は軽い方が速いが、キールは重い方が良い。微軽風しか無いなら別ですが、強風になる事もある。軽いと重いのせめぎ合いになります。全体は軽く、でもバラスト比は重く。でも、そう簡単では無い。クルーの体重で起こして走る。それも一案です。でも、クルーが居ないなら、やっぱりバラストは重く。どこで妥協するのか?

全体を軽く、しかもバラストは重くとなっていきますと、船体の強さも考えなければなりません。すると、船体建造においての、構造をどうするか?同じFRPを使った船体でも、構造的に強度を増す方法が取られる。或いは、ハイテク素材を使う。その両方を使う。そうしないと、船体はねじれ、マストを支えるステイ類からも大きなストレスを受け、曲がってしまう。実際、マストを立て、ステイを張りますと、船体は曲がっています。全然曲がらない事は無い。しかし、それでもしっかりしたヨットはその曲がりが少ない。バックステーを引いて、全然マストが曲がってくれない?バックステーを引く分、船体が曲がっているのかもしれません。それでは、バックステーの効果は望めない。

軽くする為にサンドイッチ構造にしたりします。非常に軽いバルサや、化学的フォーム材、ハニカムコアなんてのもあります。厚みがつけば、構造的に強くなる。内装の家具類を船底に積層したり、バルクヘッドを積層したり、これらは構造的強度になる。でも、同時にこれらは手間をかける事になり、価格に反映してきます。

軽ければ、そして十分なバラスト比があれば、それで良いかと言いますと、今度は使い方にもよりますが、クルージングの、それもロングのクルージングとなりますと、積み込む荷物が多くなります。軽いヨットほど、その影響を受けやすく、ちょっと荷物を乗せただけで、数センチ沈んだりする事もある。そうしますと、セーリングが変わってしまう。荷物を多く積むようなヨットは、ある程度の排水量があった方が良い。すると、あまり影響を受けない。

軽排水量も中排水量も決った数値では無く、それぞれに幅があるわけで、どのあたりが自分の目的に合うのかが重要になる。でも、実際は、そういう細かい事よりも、ヨットのコンセプトを理解して決める事になるので、同じコンセプト同士を比べる時の、さらに違いを見る時に参考にはなると思います。

船底が三角のヨットは、例えば、ロングキールタイプ。実に波に対して柔らかい。平らな船底はレーサータイプ。この間にも、いろいろあるわけです。

バラスト比が大きいとそれだけ安定性が高い。でも、それだけじゃない。セールがある。大きなセールを持っているヨットか、小さなセールかによっても違う。より大きなバラスト比を持っていると、
それだけ、大きなセールを持つ事もできるか、同じセールなら強風時にもフルセールで走れる事もある。余裕が出てくる。そういう意味では船体は軽いだけが速いとは限らない。でも、風が弱い時は、ヒールもあまりしないので、安定性よりも、軽い方が速い事になりますね。でも、風が強くなればなる程、安定性が重要になる。

その安定性は、バラスト比のみにあるわけでは無く、船体そのものの重心がどこにあるか?それとどれだけ大きなセールエリアを持つかにも関わる。バラスト比は小さく、船体重心が高いにしても、その分セールが小さければ、安定性はある程度は得られる。しかし、スピードは遅い。結局、船体重量、その船体の重心位置、バラスト比、セールエリア、これらのバランスで安定性が決る。
軽風で速かった船が、強風になったら遅かったり、その逆もある。ただ、セールエリアはリーフをする事でコントロールができます。船体重量はコントロールはできない。バラスト比もコントロールできませんが、レーサーのように、クルーの体重である程度はコントロール可能、そういう事で、どういう考え方でやるか?という事になると思います。

通常セーリングでは、クルーの体重で起こす事は考え無い。せいぜい、コクピット無いの左右のシート移動程度です。ですから、バラスト比は重要。それに、昨今のヨットは船体構造が大きい為に、重心も高くなりがち。ならば、セールエリアを小さくしなければ、安定性はさらに落ちる。ただ、幅が広いのが特徴で、初期ヒールはこの幅がものを言う。いくら重いキールがあるにしても、ある程度ヒールする事によって、この重いキールは効果を発揮してきます。たいしてヒールしない状態では、キールの重さよりも、幅で持つ。傾くからこそ、キールが上がってきて、その重さが下に下がろうとする力が大きくなるわけですし。そうなると、強風になればなる程、バラストの重さが効いてくる。

そこで、同じ重さのキールなら、キールの重さを最下部に集中させた方が、効果が高くなる。よって、バルブキールなどが登場する事になります。同じバラスト比であっても、その方が実際の走りにおいては、起き上がる力は大きくなる。それも深い方が効果的でもあります。でも、一般セーリングではあまり深いのも事故の元。

いろいろ書けばキリが無い。しかし、ある程度は知っておいた方が面白くなると思います。

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