第三十話 ヨットの面白さ

基本に戻って、一体ヨットの楽しさとは何か?何が面白くてヨットをやるんでしょう?いろんなセーリングの理屈を考えるより何より、まずはここが大事という事になります。実は、以前にもそういう質問を受けた事があります。その人は一度だけ乗せてもらった事があるそうで、その時は、マリーナから出て、セールを上げたらビールが出てきて、世間話がはじまり、時折方向転換しては世間話が続く。確かに、楽しさや爽やかさはあるものの、それ以上何があるのか?そういう疑問を持ったそうです。

ヨットの楽しみ方はいろいろあるでしょう。前述のような楽しみ方もあれば、普通では行けない場所に行けるとか、島に渡って散策とか、もっと長い旅とか、家族や仲間との繋がりや、ピクニックもあります。しかし、長い年月において、最も中心的な楽しみ方においては何が最も楽しいのか、面白いのかと考えますと、それは緊張感ではないかと思います。

旅をするにも、セーリングをするにも緊張感が伴います。その緊張感は嫌な感じのものでは無く、充実感を与えてくれる緊張感であります。最初はヨットをどうやって動かすかに集中する事になりますが、それがだんだん慣れてきた頃に、気持ちの良いピクニックや宴会が始まります。それで、その先には、緊張感を伴う旅かセーリングをする事になります。

ただセーリングしているだけでは無く、いろんな事が少しづつ解ってきているだけに、舵を持つ感触やヒールアングル、セールの観察等をしている時に、全神経がセーリングに集中し、緊張感を味わいます。全体のバランスを感じながら、わずかな変化に対応しながら、快走する感じを味わいます。より良い走りを目指して、神経が集中する時の緊張感、これこそがセーリングの面白さではないかと思います。

考えてみれば、セーリング以外においても、他のスポーツにおいても同じ事で、テニスしている時、ただ打ち返すだけでは無く、集中力が高まる時の方が充実度が高いと思います。野球でもバスケットでも同じでしょう。スポーツに限らず、絵を描いたりする時でさえ、集中している時は緊張感を伴います。それが充実感を与えてくれる。釣りなんかでもそうですね。音楽を聴く時にでさえ、サビと言われる一種の緊張感を伴う。

つまり、いかなる遊びをしても、そこに一切の緊張感を伴わない時、確かに楽しさはあるでしょうが、何度も、何年も続けるに値するには、やはり緊張感が無ければ持続しないのではないかと思います。そして、その次の段階、その緊張感が緩んだ時、ほっとする瞬間があります。この緊張と緩和のプロセスが何とも面白さとして感じられると思います。

セーリングの面白さは、この緊張と緩和にある。その為に、セーリング知識を得、実践しながら覚え、より高度な緊張感と緩和を味わう。強風の時、緊張します。しかし、それは恐怖感もまじっているでしょう。でも、少しづつ腕を上げる事により、その恐怖感の割合は減り、良い緊張感の割合が増えていく。それが面白さではないかと思います。今日は良い走りだったと感じる時、必ずそこには緊張感があったはずです。良い風が吹いてきますと、良い走りを味わいたいと舵にセールに気を使う。微妙な操作に集中します。ヨットの動きに敏感になります。そして快走を味わった後、マリーナに帰ってきて、ほっと一息。その緩和を味わった時、何とも充実感が思い起こされる。その思いは時間とともに記憶としては残るものの、感じとしては忘れ去られる。ですから、また、その緊張感を求めて、セーリングに出る事になります。

面白さとは、この緊張感と緩和の味わいではないでしょうか?良い緊張感を持つと充実感が生まれる。穏やかで、ゆったり走る時にも楽しさは感じます。しかし、いつもこれだけでは長く、頻繁に続ける事はできない。いろんな使い方、いろんなセーリングを楽しんで良いわけですが、その核になる部分というのは、やはり緊張と緩和を携える事ではないかと思います。これはヨットに限らず、あらゆる事の面白さの秘訣ではないかと思います。何をするにしても、ああ〜面白かったと感想をもらす時、そこには必ず緊張感があったのではないかと思います。

これは、自らが求め無ければそうはならない。何も緊張感を求めてセーリングに出ようと考えるわけではありませんが、セーリングを求めて、より質の向上を目指せば、必然的に湧いてくるものかと思います。もちろん、風次第という部分もおおいに関係するわけですが、上級者は多分、微軽風時でも集中できるのかもしれません。

こういうセーリングには、乗り合わせた人達全員が同じ方向を向いていなければならない。みんながおしゃべりに夢中な時、自分だけが集中するなんて事はできない。ですから、最も緊張と緩和を味わうのに最適な環境はシングルハンドではないかと思うわけです。人数が多くなればなるほど、それが難しくなる。レースは5人でも、10人でも、みんな同じ目的に向かって走っています。だからこそ、そこに面白さを味わう事ができるのではないか?

みんなで楽しくも、もちろん良いし、ゆったりも爽やかも良い。でも、核にはこの緊張と緩和を求める。その方法はセーリングであり、旅である。そして、最も簡単にその面白さを味わう方法は、セーリング、それもデイセーリングにあると思っています。

想像して見てください。良い風が吹いて、ヒールし、そのバランスを取りながら、舵を操作する感じを。集中力が増して、その微妙な舵とりを、ちょっと油断するとすぐにヨットは失速してしまう。その緊張感はとても心地良い。そんなセーリングを味わった後の一服感、いつもの一杯のコーヒーがとてもうまく感じられないでしょうか?確かに、ピクニックセーリングも楽しい、宴会も楽しい、ちょっとした会話だって楽しい。でも、緊張感を伴ったセーリング、恐怖感では無く、集中した感じを伴うセーリング程では無いと思う次第です。デイセーリングとは、そんなセーリングなのかと思います。ですから、デイセーリング推進派になりました。

旅は旅において緊張感を伴う。これはセーリングとは違う緊張感だと思います。ヨットで知らない地に行く時は緊張します。そして無事に到着したらほっとする。どっちの緊張感を望むかは各人の好み次第です。しかし、これにはたっぷりとした時間が必要です。同じ旅でも、何度も行った事がある場所なら緊張感は薄れてくる。そうなると何度も行こうという気にはならなくなる。より遠くへ行きたくなる。するとやっぱり時間が必要になる。

それがセーリングに集中しますと、同じ場所でも風が違う、波が違う。そこに豊富なバリエーションがある。だから、やっぱりデイセーリングが面白くなる。

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