第九十四話 先入観

誰にでもなんらかの先入観があるものですが、ヨット始めたての頃、レースしますか、それともクルージングですかと聞かれ、レースはしませんという事で、必然的にクルージング枠に入れられる。実際乗り始めると、周りの人達を眺め、そういうもんかと納得するわけですが、それが先入観となって、手かせ足かせになりかねません。

ある人、初めてヨットに乗り出して、セーリングを覚えられました。クルージングという先入観は無く、いかに操船するかというい事だけを考えてこられた。今ではシングルハンドでジェネカー操作だってされます。クルーが必要だとかは考えた事も無い。ただ、自分の腕次第と思ってこられた。ヨットはセーリングするもの、逆に言うとそういう先入観があったとも言えます。一方では、クルーが居ないから、時間が無いか、といろいろ理由をつける事ができますが、問題はそんなところには無いようです。

また、ある方、53フィートのヨットでダブルハンドで乗ってる。スピンだって上げるし、レースにだって出る。そういう話をしますと、大抵は驚かれます。53フィートにふたり?そのオーナー、先入観が無かったせいか、もうひとりが来れない時、シングルで出していきました。通常通り、セーリングを楽しんで帰ってこられた。

先入観とは恐ろしいもので、良い場合も悪い場合もあります。いろんな可能性を持つ先入観は、自分自身の可能性を広げる事になりますが、逆に、ひとりは無理、たくさん時間が必要、小さいより大きい方が良い、いろんな先入観を持つ事で制限されてしまいます。人の意見を聞く事は大事な事ですが、それは同時に先入観を植え付けられかねない。そこが難しいところです。

クルージングはこうやって乗るもんだ。レーサーはこうだ。そういう既存のジャンルに囚われて、自由を失う可能性があります。ちょっと極端かもしれませんが、フランスから昔のIORのレーサーでクルージングで日本に来ていたヨットがありました。日本人はこんな事はしませんね。へたすると無茶になりかねないのですが、逆にまりますと、あまりにも自由を失いかねない事にもなります。

できればまっさらな気持ちで向かい合う事ができれば一番いいのですが、まっさらは、何も知らない事ですから、何か知識を得たくなります。アドバイスを得たくなります。そのアドバイスによっては制限を加えられる事になります。ここが難しいところです。でも、最後は、自分の気持ちで、何をしたいのか、どういう状況を夢見るのか、そのあたりに正直に進むのが良いかと思います。自分の気持ちにしっくり行く乗り方を模索する事になります。アドバイスは単なる一般論であります。その一般論に従うか、打ち破るかは自分次第になります。

クルージング派の方々が、デイセーリングをする時は、レーサーの如くいかに走らせるかを考える。そういう事はこれまでは無かった。しかし、それをしても良いわけです。面白いと感じるなら良いわけです。レーサーでクルージングしても良いし、クルージング艇でレースに出ても良いし、どんなヨットでもセーリングして良い。クルージング艇なのに、カニンガムがあったり、バックステーアジャスターがあったり、ジェノアトラックにリードブロックを前後するテークルがあっても良いわけです。
一般論は移ろいやすい。決まった事ではありません。

シングルで乗るにしても、本当はどんなヨットでも良い。乗りたいと思って、無理とか一般論で言われて、それでも、どうにかして乗れるようにできないか?と考えるかどうかです。無茶はいけませんが、工夫は良いわけです。でも、どこかに自分自身の気持ちがフィットする処があると思います。無茶でも無く、保守的でも無く、ちょうど良いところが、それを見つけるには、一般論に従っていては見つけられないかもしれませんね。ですから、工夫なり何かで可能にならないか?と考える事も必要かと思います。その前に、どうしたいのか?これが最も重要ですね。それを先入観で邪魔され無いように。今、どんな先入観を持っているでしょうか?

先入観全てが悪いわけではもちろん無く、可能性のある先入観なら良いわけです。その為にひょっとしたら失敗もあるかもしれません。でも、それは自分で体得した学びですから、これは大きな習得です。先入観無しなんてことは無いわけで、どんな先入観なのかが問題です。

ヨットのこれからの可能性はデイセーリングにあると思っています。これは私のアイデアであり、一種の先入観かもしれません。でも、実際の経験から導き出した結論ですから、少なからず賛同者はおられると確信しています。この先入観に乗って頂ける方、是非、試して頂きたいと思います。何気ないセーリングから、一歩進んで、より良いセーリングを目指してみて頂きたい。クルージングでも無い、レースでも無い、自分のセーリング世界を創造して頂きたい。人生に、そういう世界をひとつ加えて頂きたい。そして、難しいとか言う先入観ははずして頂きたい。興味があって、ただやるだけです。少しづつ進めば、きっと別の世界を持った実感が湧いてくると思います。クルージングとしての世界、レースとしての世界、そしてセーリングの世界です。それで、セーリングの世界は、日常的に自分の意思だけでする事ができる。いつでも、短時間に。この世界を持つ事は、他の世界にもおおいに影響を与えるだろうと思います。

先入観は誰でも持っていますが、それを意識して、打ち破る事ができるかどか?そういうゲームをすると、また一段と面白い世界を創造できるかもしれません。難しいのは先入観は自分の頭にあるわけですから、そこから一旦外へ抜け出さねばなりません。先入観があると意識しなければなりません。これがなかなか手ごわい。その事を意識しなければ、抜け出せない。でも、意識できたら、先入観があると意識できたら、一歩前進ですね。無意識に出てくる先入観は手ごわい。

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